世界の果てで紡ぐ詩
暗闇の向こう側 1
「……洒落にならないんですけど」
石壁に手をつき忍び足で暗い通路を歩きながら、ユイリは茫然と呟いた。
窓もなく延々と石壁が続いているように思える通路は、締め切った場所特有のカビ臭さと澱んだ空気が充満している。
どこかに通気口があるらしく、辛うじて窒息死を免れたことは不幸中の幸いだった。
真っ暗闇の中、手探りで足元を確かめつつ歩いていると、突然石壁がなくなって転びそうになった。
泣きそうな気持ちを押さえて石壁を探ると、どうやら通路は右に折れて続いているらしい。
つんつんとつま先で足元を確かめ、石壁に体を張り付けて通路沿いに右に折れたユイリは、その少し先に微かな光が漏れ出ていることに気づいた。
ユイリは相変わらずの忍び足で、光に向かって進んでいった。
近づくと、光は長方形を形作っている。
それがちょうどドアの形をしていることに気づいたユイリは、ドアノブを探りそっと押しあけた。
光の洪水――と言うにはささやかすぎる灯りに、ユイリは目を擦った。
石壁に囲まれた正方形の空間には木の椅子とテーブル、そして本棚があり、テーブルの上に置かれた蝋燭が一本、ユイリの侵入に灯りをゆらりと揺らした。
「――行き止まり、的な?」
ユイリの顔が引きつった。
またあの暗い通路に戻って、出口を探さなければいけないのだろうか。
長い溜息を吐いたユイリは、とりあえず蝋燭は拝借していこうと錆びた銀の燭台を手に取り、来た道を引き返そうとして――悲鳴をあげた。
「――――ッ! ど、どどどどこから湧いて出たんですか、あなたは?!」
ユイリに湧いて出た発言をされた揚句に指まで差されたジェイ・コートランドは、漆黒の瞳を狭めてユイリを見据えた。
「そう言うお前は、こんな所でなにをしている」
ユイリの疑問はあっさりと無視された。
ユイリが煩く主張を続ける心臓を押さえて口をパクパクさせていると、ジェイが威圧するような口調で更に言った。
「どこから入り込んだかは分からぬが、ここはお前のような者がいて良い場所ではない。すぐに立ち去るがよい」
普段のユイリなら臆病な兎のように縮こまるであろう言葉も、今のユイリにはさして効果はなかった。
例えそこにいるのが鉄面皮の冷血漢であったとしても、頼れる人間が他にいないのだから贅沢は言っていられない。
ユイリは、とりあえず友好的にへらりと笑いかけてみた。
――冷たい目で睨みつけられてしまったけれど。
「えぇと、帰り道が分からなかったり……なんて」
「迷子か……」
呆れ果てたため息を吐くジェイに、ユイリは慌てて首を振った。
「ち、違います! 迷子なんかじゃありませんからね、全然違うんで勘違いしないで下さい!!」
「帰り道が分からず、このような場所でうろついていた。それを迷子と言わず、何と言うのだ」
「――た、探検?」
ジェイは、どこか痛々しいものを見るような目でユイリを見つめた。
そして何も言わずに肩をすくめると、これ以上関わり合いになりたくないとでも思ったのか、きびすを返して突き放すようなことを言った。
「では、私がわざわざお前を送り届ける必要はないわけだな。――探検とやらを続けるといい」
「へ? ……ぅわっ、見捨てないで下さいよ、ジェイさん!」
おそらくどこまでも本気であろうジェイに見捨てられそうになったユイリは、大急ぎでジェイの服の裾を掴んだ。
むしろしがみついたと言った方が正しく、ジェイは大いに迷惑そうな顔でユイリを振り返る。
ユイリが絶対に離すもんかと無言の抵抗を続けていると、ジェイは何かを言いたそうな顔で裾を見下ろして次いで特に害はないと諦めたのか、ユイリに裾を掴まれたまま歩き出した。
自然、ユイリもジェイにくっついていくことになる。
一人取り残される羽目にならなくてすんだユイリには、もちろん異存などなかったけれど。
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