世界の果てで紡ぐ詩
暗闇の向こう側 2
「どこから来たのだ」
それまで無言だったジェイが、突然尋ねた。
小部屋を抜けて、ユイリが右に折れた通路を間逆の左に入ったところである。
ユイリは、きょとんとして首を傾げた。
「え。日本、ですけど」
前にも話しましたよね? と不思議がるユイリに、ジェイのこめかみがピクリと動いた。
「――この場所に、どこからどういう経緯で迷い込んだのだ」
(あぁ、そういう意味ですか)
「えっとですね。話せば長くなるんですが……史学の講義で試験があってですね、私はその試験勉強をするために図書館へ行ったわけですよ。それで、何の百科事典だよって位分厚い歴史書? みたいなものを引っ張り出して読み始めたのはいいけど、もう何がなんだか分からなくて。――大体、試験の範囲が広すぎるんです! 国の成り立ちから現在までって、一日二日で覚えられるわけがないですよね?! 現役女子高生の私でも絶対に無理です。しかもその史学のネアっていうのも――」
「長い」
ユイリは偉そうに腕組みをして、うんうんと頷いた。
「そうですよね! 試験範囲、絶対に長すぎるんですよ!!」
「違う」
「え。違うんですか? じゃあ何が」
「お前の話は長すぎると言っているのだ。私の質問にも答えていない」
「質問……て。……あれ、何でしたっけ」
すっ呆けているユイリの横で、ますますジェイの眉間に皺が寄った。
今度こそジェイから殺気のようなものを感じ取ったユイリは、一生懸命に頭の中で会話を巻き戻してみた。
ようやく質問を思い出してみると、なるほど、確かに会話がずれている。
これ以上ジェイの機嫌が悪くなって見捨てられないように、ユイリは急いで言った。
「っていうのは冗談ですよ、もちろん! えぇと、簡単に言うとですね、図書館にいて、本棚にちょっと寄りかかったらなぜか本棚が回転して、気づいたらこの場所にいたということです」
「図書館? ――そうか」
ジェイには何か思い当たる節があるようで一人納得しているが、ユイリにはさっぱり分からない。
思い浮かんだ疑問を、そのまま口にした。
「ここって、隠し通路か何かですか?」
「お前に話す必要性は見当たらぬが」
素っ気なく答えるジェイに、ユイリは意地悪くにんまりと笑った。
「そんなことを言っていると、この場所のことみんなにバラしちゃいますよー」
ユイリが完全に開き直っていると、ジェイは深いため息を吐いた。
「――神殿奥深くへと続く通路だ」
「神殿って、水の神殿のことですよね? でもなんでこんな所にそんなものがあるんですか?」
「そこまで話す謂れはない」
「ケチ」
口を尖らせるユイリを振り返ったジェイは、僅かに苦笑した。
めったに見られない表情の変化を目の当たりにして、ユイリの頬が赤く染まったのは内緒の話である。
その後は特に会話もなく、薄暗い通路を進んでいった。
ユイリが到底覚えられないほど複雑に入り組んだ通路を進んだ先で、ジェイは立ち止まった。
その行き止まりの壁からは、小部屋を見つけた時と同じように光が漏れ出している。
ジェイが扉を開くと、そこは埃の溜まった物置のような場所だった。
どこだろうと首を傾げつつ、ユイリは足を踏み入れた。
すると、白く舞い上がる埃。
たまらずくしゃみを繰り返すユイリの後ろで、ジェイは低く通る声で言った。
「ここからなら、さすがに迷うことはないだろう。戻るがいい。――確か、史学の試験があるのだったな」
「! 忘れてた!!」
ユイリは思わず飛び上がった。
今が何時かは分からないが――窓から見える景色は、すでに夜を告げている――、迷っていた時間を考えると大分時間を無駄にしてしまったに違いない。
試験範囲を思い出して血の気が引いてしまったのも、無理からぬ話だった。
ユイリはお礼もそこそこ、部屋を飛び出した。
その後姿を見送ったジェイが何かを呟いたようだったが、慌てているユイリの耳には聞こえるはずもなかった。
「閉ざされた通路を開けるのは、聖女の血筋に連なり――強い精霊の加護を受けている者のみ。あの娘が異世界からの迷い人というのも、あながち嘘ではないようだな」
Copyright(c) 2011 seara narugami All rights reserved.