世界の果てで紡ぐ詩

06−01.

「木を?」

 机に広げられた書類に目を通していたレイフォード神官長――レイは、彼が報告に来て初めてその視線を上げた。
 その顔には、ありありと疑問の色が浮かんでいる。

 ジェイは、深いため息を落とした。

「はい、木です」

 生真面目に肯定したジェイの声音に僅かな苛立ちを見つけて、ようやくレイは合点がいった。

「聖神官殿に何か言われましたか?」
「例の娘の部屋ですが……」

 ジェイは言いづらそうに言葉を濁した。
 珍しい部下の様子に微かな驚きを覚えながら、レイは無言で続きを促した。

「バルコニーの傍に木があっては、外からの侵入を容易にさせてしまうと忠告を受けました。撤去させますので、許可を頂きたいと」
「……どこからそんな話に?」
「……。実は――」

 ジェイは、ユイリの部屋であった出来事を簡潔に話した。
 正面から入ってきたのは偽の聖神官で、本物はどこからユイリの噂を聞きつけたのか、バルコニー傍の木をつたって部屋に侵入し、厳重な警備をすり抜けていたという話を。

 レイは眩暈を覚えて、額に手を当てた。
 クラウスの性格と行動につかみ所がないのは今に始まったことではないが、これはあまりにやり過ぎではないだろうか。
 目的が目的なだけに、彼にはおとなしくしていてもらわなければ困るというのに。

(何をやっているんですか、あの人は)

 今はおとなしく自室に篭っているであろう――否、そうであると信じたい――クラウスに、後でやんわりと言っておかなければ。
 どうせ人の話は聞かないだろうけれど。

 レイは一度目を閉じて大きく息を吐き出すと、僅かに生まれた苛立ちを消し去るように穏やかな表情を浮かべた。

「その必要はありません」
「ですが」

 なおも言い募るジェイを視線で制して、レイは椅子の背もたれに背中を預けた。

「聖神官殿に何か言われたら私が対処しますので、その件は一時棚上げにしておいてください」
「……かしこまりました」

 深い疲労感を漂わせるジェイに同情の眼差しを送りつつも、レイは一瞬湧き上がってきた脳内の映像に、口元を引きつらせた。
 まさかあり得ないとは思うが、クラウスが木をよじ登っている姿がまざまざと脳裏に浮かんだ。
 もちろん、浮かんだ以上の速さですぐに打ち消したが。
 大体、クラウスは紋様術を使えるはずだからどう考えても言葉の綾――もしくはジェイに対する嫌がらせ――だということは分かる。
 捻くれた性格をしている彼のことだから、ジェイが困ることを承知でそのようなことを言ったのだろう。

(もっとも、本当に木をよじ登ったのならぜひその光景を見てみたかったですけど)

 半ば自棄になって考えるも、当然それを口に出せるはずもなく。
 どこでクラウスが盗み聞いているか分からないから、レイは慎重に口を閉ざした。

 そして何とも言えない顔をしているジェイと目が合うと、揃って同じ感想を漏らした。

「――疲れましたね」
「――はい」

 しみじみとつぶやいたレイに、ジェイは万感の思いを込めてうなずいたのだった。

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