世界の果てで紡ぐ詩

21.

「私は監禁されるんでしょうか……」

 ユイリは、恐る恐る言った。

 異世界からの迷い人は保護の対象であるようなので少なくとも殺されることはないらしいが、蛇の生殺しという言葉もあるくらいだ。
 生きも死にもしない中途半端な状態で、そのまま放置ということは十分あり得るのではないだろうか。

 レイは、ユイリの不安を煽るような笑い声を上げた。

「監禁した方がよろしいですか?」
「まさか!」

 ぎょっとなったユイリは、恐怖をむき出しにしてレイを見つめた。
 一見すると穏やかで優しい人柄がにじみ出ているが、彼はいくら気さくでも神官長という立場に在る人物なのだ。
 ユイリの処遇など、鶴の一声でいかようにもできるに違いない。

「……できれば、三食食事付き客人待遇で、安全もおまけして下さい」
「……。……それは、監禁はしなくても軟禁なら良いと言うことですか?」
「な、軟禁?!」

 ユイリは素っ頓狂な叫び声を上げた。
 レイは、生真面目な顔で頷く。

「はい、軟禁です。監禁と違って、監視つきでもある程度は自由に動き回ることはできますよ」
「そ、それは」
「それは?」
「勘弁して下さい」

 雨の晩に段ボール箱に入れて捨てられた子犬のような顔で、ユイリは降参の白旗をあげた。

 四六時中誰かに付きまとわれて監視される生活など、絶対にごめんだ。
 それにある程度の自由というのは、どの程度の自由のことを言うのだろう。
 考えるのも恐ろしい気がした。

 気を取り直して、ユイリはこほんと一つ咳払いをした。

「私的にはですね、VIP待遇を希望します」
「? びっぷ待遇?」

 言葉の意味が分からないのか、レイは不思議そうにつぶやいて首をかしげた。
 どうやら、全ての言葉が都合良く変換されているわけではないらしい。
 ユイリは意外と不便だなぁと知らない誰かに文句を垂れつつ、厳かに断言した。

「つまり、特別待遇ってことです」
「特別待遇、ですか」

 苦笑を深めて言葉を繰り返したレイに穴が空くほど見つめられ、ユイリは少しだけたじろいで瞳を揺らした。

「そ、そうです」

 偉そうな口調が一転して不安な口調になる。

「あの、いきなり無一文で追い出されたりはしませんよね?」
「その点はご安心ください。あなたにはこの場所にいていただきますから」

 レイは鷹揚に太鼓判を押した。
 その点は、という言葉が引っかかるけど。

 ユイリが泣きそうな顔でレイを見つめると、彼は急にぴんと糊のきいた長衣にできた、ミクロン単位にも満たない皺を伸ばすことに熱中し始めたように見えた。

 ユイリは絶望的なまでに、顔を歪めた。

「やっぱり軟禁コースなんですか? 自由は? それすらも制限されて、トイレもお風呂も見張られて、しまいには神経をすり減らして精神分裂症まで発症した挙句にポイと捨てられてしまうんですね?!」
「一体、なんの話ですか」
「私が立てた仮設、未来予想図です」

 自己憐憫にどっぷり浸かったまま、ユイリは答えた。

 レイは、視線を中空に彷徨わせて適切な言葉を探した。

「私が考えていたのはですね、ユイリ。あなたにはこの神殿に留まってもらって――もちろん安全も自由も保証しますよ――、アデレイド女学院に編入してもらおうかということです」
「アデレイド、女学院?」
「神殿付属の学院です。そこでは、ある程度精霊の加護を持つと判断された子女が、様々な教育を受けるのです」
「……ラクリマ養成学校みたいなものですか?」
「それで確かに間違いではありませんが」

 レイは、微かに笑った。

「あなたはまだ、この世界について何も知らなすぎる。元の世界へ還りたいと言っていましたが、何もせずにただ静観しているわけにはいかないでしょう?」
「それはもちろん」
「でしたら、少しでも知識を身につけて下さい。世界の中心に近づけば、その分還る方法も探しやすくなると思いますよ」

 ユイリは、腕を組んでレイの言葉をゆっくりと咀嚼した。
 その結果、レイの言っていることが正しいと認めざるを得なかった。
 何もしないまま嘆き暮らすのは性に合わないし、なによりもあのウェネラのことだから、ユイリが動かなければそのまま知らん顔をして良心の呵責も感じずにあっさりと見捨てるに違いない。
 それにウェネラは、一連の事件が解決したらユイリを元の世界に戻してくれると約束した。
 ……。
 そこでユイリは、苦虫を噛み潰したような変な顔をした。
 違う! ウェネラは約束なんてしていない、ただ考えてあげてもいいと言っただけなのだ!

「……ウェネラの根性ワル」
「は? 何か言いましたか?」

 レイに聞き返されて、ユイリは慌てて首を振った。

「何でもないです! ただの独り言ですから!」

 危うく声を大にして、ウェネラの悪口を言うところだった。

 危ない危ないと内心冷や汗を拭っていたユイリは、次の瞬間、びくっと身体を震わせた。
 肌がぴりぴりするような、全身の毛が総毛立つような悪寒――。

 ユイリは怯えきった眼差しできょろきょろと部屋を見回した。
 しかし部屋の中は特に変わった様子がなく、気のせいだったのだと無理やり結論付けることにした。

「さて、どうしますか?」

 レイもユイリと同じ気配を感じて表情を険しくしたと思ったのは、気のせいだったようだ。
 何事もなかったかのように笑顔を向けるその穏やかな表情からは、柔らかな雰囲気以外は感じられない。

「私としては、そのびっぷ待遇? というのであなたを遇しても委細構いませんが」

 ユイリは波立った心を落ち着けて、ぺこりと頭を下げた。

「……ラクリマ養成学校の方向でお願いします」

 考えるまでもない。
 ただじっと待っていたのでは、状況は進展しないのだから。
 もともと高校生をやっていたのだし、今さら学校に通ったとしてもこれ以上悪いことは何も起こらないだろう。
 否、起こらないと信じたい。

 ユイリの返事を聞いて心なしか安心したように、レイは微笑んだ。

「分かりました。ではすぐに、編入手続きを取りましょう」

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