世界の果てで紡ぐ詩

22.

 レイが神官長として有能であることは、間違いなかった。

 ユイリの意思を確認し言質を取ると、さっそく編入手続きに取りかかったからだ。
 と言っても、編入手続き自体は書類に必要事項を記入して神官長であるレイがサインをするだけのいたってシンプルなものだったから、全てを終えるのに5分とかからなかった。
 すでにユイリの名前とその他必要事項が埋められている書類を見て、ユイリは少しだけ複雑な気分になった。
 レイが書類を取りだした時には、すでにほとんどの項目が文字で埋められていたのだ。
 ユイリの勘違いでなければ。

「……最初からそのつもりだったんですか?」

 地の底から湧きあがるような声にも悪びれることなく、レイは達筆な字で書類にサインをしていく。

「私は準備がいいですからね」

 嫌みもなくそう言ってのけたこの年若き神官長に、ユイリは憤慨と感心のどちらをより多く感じているのか、分からなくなってしまった。
「勝手に準備しないでよ!」と怒っているのは確かだけど、やっぱり今は感心の方がより大きいような気がする。

 なるほど、こういうしたたかさがあるから、若くして神官長の地位にいることができるのかと、失礼な納得の仕方をしてしまった。

「……。今、何か失礼なことを考えませんでしたか?」

 そして、勘も鋭い。

 サインし終わって顔を上げたレイに見つめられて、ユイリはさっと視線をそらした。

「そんなことないです」
「そうですか。まぁ、あなたが言いたいことは何となく分かりますけどね。……さて、これで書類は準備できましたが、何か質問はありますか?」

 問われて、ユイリはレイの整った顔を見つめた。
 逆に見つめ返されて、すぐに真っ赤に染まった顔を背けてしまったけれど。

「幾つか」
「どうぞ。私に分かる範囲でしたらお答えしましょう」

 ユイリは、落ちつかなげにドレスについた埃をつまんだ。

「ココを私の側に付けてくれたのは、もしかして私を監視するためですか?」
「……は?」
「あ、別にそれでも構わないんです! ただちょっと気になったっていうか。だって軟禁されるということは、自由はあるけど監視をされるってことですよね?」

 言ったはいいが自分でバカらしくなってきて、言葉尻は自信なさ気な響きを帯びている。

 レイは、目を丸くした。

「あれは冗談ですよ」
「冗談?」
「当たり前です。あなたに小間使いをつけたのは、純然たる親切心からです」
「そう、なんですか?」
「彼女は良く躾けられているので、大抵のことはやってくれるはずです。あなたはウェレクリールに来てまだ一日も経っていないのです。右も左も分からない状態ではさすがに大変でしょう」

 どうやら勘違いをしていたようだ。
 ユイリがばつの悪そうな顔をしていると、レイはふと顔の表情を緩めた。

「純然たるというのは、少し過ぎた言い方かもしれませんが」
「?」
「アデレイド女学院には、小間使いを一人だけ連れて行くことが認められているのですよ」
「……って。つまり、私に会う前からプランを立てていたんじゃないですか!」
「だから準備がいいと言ったでしょう」

 下手に整いすぎた顔立ちをしているせいか、まるで我儘な子供を宥めるような口調と表情で言われると、ますます腹が立った。
 確かに最初は、不覚にもレイのその手際の良さに感心してしまったが、今は憤慨の方が間違いなく大きい。
 拷問されたり監禁されたり、もっと悪いことに処刑されてしまったりするのではないかと戦々恐々としていたのに、ユイリの処遇はすでに決まっていたとは。
 考えれば考えるほど、苛々してきた。

「それと、もう一つ言いたいことがあります」

 ユイリは、準備万端に整っている書類を睨みつけた。

「私は、遺産相続を巡って親族同士の争いに巻き込まれたわけでも、それが苦で遺産の相続権を放棄してこの国に来たわけでも、ましてや連れてきた召使に僅かばかりの金品を持ち逃げされたわけでもありません! 誰の話ですか、それは!!」
「おや、文字は読めるようですね」
「つっこむところ違うし!」

 最初の謙虚さはどこへやら、ユイリはぴしゃりと言い返さずにはいられなかった。
 ウェネラと違ってバカにしている様子は感じられないが、だからこそ余計に腹が立つ。

 そんなユイリを面白い珍獣を見るような眼差しで見つめ、レイは火に油を注ぐような台詞で止めを刺した。

「口裏合わせ、よろしくお願いしますね。ユイリ・サヴィア嬢」
「そして、名前も違うし!」

 ユイリの叫び声に、レイは大きな笑い声を上げた。

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