世界の果てで紡ぐ詩

32.

「うるさい子猫ちゃんだこと。悲鳴を上げるにしても、優雅さどころか気品の一つもありはしない。編入生についての噂はたくさん聞いたけど、これではアデレイド女学院も落ちたものね」
「ミリセント!」

 振り返った二人のうちシェイラは嬉しそうな声をあげて駆け寄り、レイスは皮肉な表情で片眉をあげた。

「盗み聞き?」
「それはこの子猫ちゃん。わたくしは今来たところよ。ちょうど話題になっている編入生らしき不審人物を見つけたから捕獲したのだけど……あら、固まっちゃったわ」

 ミリセントがユイリの顔を覗き込むと、ちょうど悲鳴を上げた時の表情で固まっているユイリがそこにいた。
 当のユイリは、卒倒寸前でミリセントを凝視している。

 なぜか楽しげなミリセントと表面上は興味のなさそうなレイス、そしてうっかりユイリの存在を忘れかけていたシェイラだったが、心配そうにユイリに声をかけたのはシェイラだった。

「大丈夫? 驚かせてしまってごめんなさいね。ミリセントに悪気はなかったのよ」
「気づかれないように後ろから忍び寄ったのは事実だけど」

 悪びれなく言って、ミリセントは艶やかな微笑みを浮かべた。
 三人とも頭巾を被っていたので細かい相貌は分からなかったが、それぞれが特徴ある目鼻立ちをしているせいで区別をつけることはそう難しいことではなかった。

 どこかあどけなさを残す繊細可憐な印象のシェイラは、大きな金茶色の瞳が印象的な少女だ。
 レイスは背の高さもさることながら、切れ長の黒目が印象的な少女で、レイスより頭一つ分背が低くシェイラより僅かに背の高いミリセントは、紫色の目が猫のようなアーモンド形をしている。
 分かるのはそれくらいだが、三人とも一度見れば忘れられないくらい目立つのは確かだ。
 そしてユイリにとっても、忘れられない三人組になることは間違いなかった。

 ようやく金縛りから解けたユイリは、そのまま腰を抜かして床にへたり込んでしまった。

「び、びっくりしたぁ」

 ミリセントは、同情するわけでもなく肩をすくめた。

「盗み聞きしている方が悪い。わたくしはただ、注意しようと思っただけだもの」
「ずいぶん手癖の悪い編入生だね」
「失礼なこと言わないの、レ、アレイシア」

 レイスに睨まれて、シェイラはばつが悪そうに可愛らしく咳払いをした。
 ミリセントが来る前はアレイシアと呼ばれるのを嫌がっていたはずなのに、どうして今度はレイスと呼んではいけないのか。
 そんな疑問が頭の片隅に引っかかったが、今は心を落ち着かせる方が先だった。

 大きく息を吸って吐いて、また大きく息を吸って――

「ねぇ子猫ちゃん。お前はどうして隠れていたの? 隠れる理由などないでしょうに」

 不思議そうと言うには意地悪な含みが多い顔つきで、ミリセントが尋ねた。

「それとも、隠れなければならない理由があったのかしら?」
「なんてことを言うの、ミリセント!」
「……でも、ミリセントが言うことにも一理あると思う。シェイラも言っていた通り、今は夏季祭が間近に迫る大切な時期だし……祈雨の儀式は夏季祭の当日に行われるから、尚のこと」

 ミリセントはユイリに向けていた視線をレイスに移して、猫のような目をすがめた。

「わたくし、その情報は初めて聞いたわ」
「それは当然。今朝得たばかりだから」

 なんの感慨もないレイスの口調に、ミリセントは眉をひそめた。
 ひとまずユイリのことは、横に置いておくことにしたらしい。

「情報価値はどれくらいなの?」

 ミリセントの問いに答えたのは、シェイラだった。

「セシリアと同時くらいに入手していると思うわ。彼女も学院内から外部にかけて独自の情報網を持っているから、わたくしたちに引けを取らないはず。悔しいけど、彼女は有能ですもの」
「嫌な女」
「その点ばかりは、アレイシアに賛成してあげても良くってよ」

 深く頷くミリセントを困惑顔で見つめながらも、ユイリにはこのアデレイド女学院で一体何が起きているのか、そして何が起ころうとしているのかさっぱり分からなかった。
 ただ一つ分かっているのは、ユイリが足を踏み入れた場所はどうやら単なる学校ではないということ。
 言われるままに流されて編入してきたとはいえ、とんでもない場所に足を踏み入れてしまったのではないかという懸念をひしひしと感じていた。

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