世界の果てで紡ぐ詩

40.

 そこで、おかしな間が空いた。
 セシリアは信じられないと言わんばかりにユイリを凝視して、首をふった。

「あなたって……神経が図太いのね」

 先程までの神経質さはどこへやら、セシリアがしみじみとつぶやく。
 どういう思考回路を辿ったらくだんのユイリの発言になるのか、考えあぐねているようだ。

 セシリアは、都合良く自分の失言については忘れることにしたらしい。
 ユイリの心に釈然としない思いを取り残したまま、最初の印象どおりの彼女に戻りつつあった。

「わたくしが何の用事で来たのか、少しも疑問に思わないのかしら」
「敵状視察じゃないんですか?」

 セシリアの観察するような態度を見れば、目的は明らかだ。

 何を今さらと顔をしかめるユイリに、セシリアは重々しく頷いた。

「情報の裏付けを取るためにも、いくつか確かめたいことがあったの。噂の出所と……裏付けをいただいた方を疑うわけではありませんけど」

 さすがのセシリアも言いにくそうで、脳裏に浮かぶ疑問符に加えて睡魔にも襲われ始めたユイリは、鬱憤晴らしも含めてさりげなく意地悪な一言を付け加えずにいられなかった。

「あぁ、そっか。あの方が教えてくれたんですものねー」
「……わたくし、あなたとは気が合いそうにありませんわ」
「じゃあ……」
「でもね」

 セシリアは、ホッと安堵の息を吐いてドアに目を向けたユイリを遮るように、言葉を重ねた。

「わたくし、このままでは帰れませんのよ。わたくしが――内緒であなたのもとを訪れたのは、あなたに忠告を与えるためなんですもの」
「忠告?」
「ええ。あなたが学院に潜り込んだ目的が何にせよ、下手な邪魔立ては命取りになりましてよ。わたくしたちには、神殿にいらっしゃる方々よりももっと崇高なるお方がついているんですからね!」

 得々として言うセシリアを前に、ユイリは微かな引っかかりを感じて首を傾げた。

(レイよりも上の立場の人ってこと? ……まさかクラウスなんてことは……)

「――いやいや。たぶん、それはないよね」

 セシリアの言葉で思い浮かんだのは、薄っぺらにはりつけられた胡散臭い笑顔。
 脳裏に浮かべたのと同時に、あっさりと消し去った。

 それは接点のなさを考慮した他意のないものだったが、ユイリの呟きはいささかタイミングがずれていた。

 会話の流れで自分の言葉を否定されたと思い込んだセシリアは、目を吊り上げて怒りの表情を浮かべている。

 ユイリがしまったと思った時にはすでに遅く、セシリアは憤懣をぶつけるように立ち上がるとユイリを睨みつけて声をわななかせた。

「わたくしが親切にも忠告してあげたと言うのに、愚かにもその好意をはねつけると言うのね……」
「いや、あの、そんなつもりじゃ」
「いいわけは結構! あなたがそのつもりなら、わたくしにも考えがあります。……嗚呼、あの方が言った通りでしたわ。ウェレクリールの変異には神官長様が関わっていて、祈雨の儀式を妨害するために聖劇を汚そうとするなんて、わたくしには到底信じられないことでしたのに」
「……は?」

 ユイリはあっけにとられて、間抜けな顔をした。

 それすらも気づかないセシリアは、舞台女優顔負けに体で大げさな憐憫を表している。

「でも、神官長様がわざわざ御名を出して推薦した編入生を見て、わたくし目が覚めましたわ。こんなに何も感じられない加護薄き娘を神聖なる学院へ送りこむなんて、裏がなければ何の得にもなりませんもの」

(そうくるか)

 ユイリは、がっくりと項垂れた。

 最初に学院への編入話を聞いた時は深く考えずにすんだが、編入先のアデレイド女学院が持つ特質を理解するにつれて、ラクリマ養成学校なんて荷が重すぎると思ったのだった。
 説明を聞けば尚更に、ユイリが不用心に足を踏み入れて良い場所ではないという思いを強くした。
 元の世界へ還るために、少しでも知識を身につけ世界の中心に近づくという目的があるとしても。

(さすがに、ここまでバカバカしい捉え方をされるとは思わなかったけど)

「本当は真っ先にあなたを捕まえて話をつけるつもりでしたのに、忌々しいシェイラたちに先を越されたせいで後れを取ってしまいましたわ。でも、次はないと思うことね。彼女たちは単純だから容易に騙せたかもしれませんが、わたくしはそう簡単にはいかなくてよ」

 捲し立てるように言われて、ユイリには口を開け閉めすることができるだけだった。
 
 セシリアはユイリが何も言い返せずにいることを見てとると、用は済んだと言わんばかりに颯爽とドアへ向かって行った。

 ドアノブに手をかける寸前、いまだ言葉の見つからないユイリを振り返り、セシリアは高らかに宣言した。

「あなたたちの企みを白日のもとに曝して、必ずや女神の前に跪かせてみせますわ! 実行役員として、できるかぎりあなたを妨害してさしあげるから見ていなさい……!!」

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