世界の果てで紡ぐ詩<うた>
42.
セシリアの「妨害する」という発言を甘く見ていたわけではないにしろ、実行役員の指示がここまで周知徹底されるとは思いもよらないことだった。
「別に主役をはりたいわけじゃないから、どうでもいいっちゃいいんだけどさ」
夏至祭のメインイベントである聖劇には最高学年であるユイリも参加できるが、参加する全てが主役をはれるというわけではない。
当然、村人やら従者やら侍女やらその他大勢と区分されるわき役が存在しなければ、劇は成り立たないのである。
というわけで、ありがたくも侍女・その幾つだかを拝命したユイリは、せっせと自分が身につける衣装作りに勤しんでいた。
傍らでは同じく侍女役のレイスが、怪訝な顔で眉をひそめている。
「どうしたの、いきなり」
ユイリは、均一に針を通すという気が遠くなるような作業を、とうとう諦めた。
縫い目が曲がっていようが左右がちぐはぐだろうが、その他大勢のわき役をそれに気づくほどまじまじと見つめる人がいるとは思えない。
凝った肩を軽くもみほぐしながら、ユイリは大きなため息を吐いた。
「どうしたも何も、アレイシアは腹が立たないわけ?」
「何に対して?」
「実行役員」
「……言っている意味が良く分からないんだけど」
衣装作りを完全に投げ出して、ユイリは机に頬杖をついた。
「私、侍女役をやりたいなんて、ひとっことも言っていないんだけど。しかもセリフなしで、ただぼぉっと突っ立っているだけだよ」
「……セリフが欲しかったわけ?」
不器用に動かしていた手を止めて、レイスは不思議そうに首を傾げた。
「意外だね、ユイリは目立ちたがり屋には見えなかったんだけど」
「そうじゃなくて!」
苛々と、ユイリは目を吊り上げた。
「セリフなしで立ちっぱなしで、しかも主役の後をくっついて回るだけの役なんて、拷問以外のなにものでもないよ?! その間ずっと観客の目に晒されるなんて、考えただけでも耐えられない!」
「ああ、そっちね」
レイスは苦笑した。
「そっちの方が、ユイリらしい。まぁ、注目は聖女役の人にいくから、わき役は目立たず出しゃばらずおとなしく影に隠れていればいいでしょ」
「アレイシアは呑気でいいね」
「……ユイリにだけは言われたくないよ、そのセリフ」
レイスのジト目と非難の言葉は、あいにくユイリの耳には届かなかったようだ。
猛然と反論してくるだろうなというレイスの予想に反して、ユイリが鼻の頭にしわを寄せて呟いたのはこんな言葉だった。
「――だけど、なんでセシリアが主役じゃないんだろう」
レイスも、衣装作りをとうとう諦めた。
ユイリが「秋葉原辺りで見かけそう……」と訳の分からない感想を述べた、黒と白のシンプルなエプロンドレスに諦めの眼差しを向ける。
どう楽観的に見ても、ここまでの作業で得た成果は壊滅的だ。
レイスは舞台で糸がほつれるような事態にならないようにと祈りながら、ユイリの呟きに答えた。
「セシリアには荷が重すぎるから」
ユイリの鼻の頭に、ますます深いしわが寄った。
「そんなこと、承知の上だったんじゃないの? そうじゃなきゃ、実行役員になった意味なんてないじゃん」
「そんなことはないと思うよ」
「どうして?」
レイスは肩をすくめた。
「それはセシリアに聞かないと分からないけど……。でも考えてみて。ユイリは彼女の目的が何か、本当に知ってる?」
「えぇと、実行役員が夏季祭を牛耳って、聖劇の配役に口を出せるように裏で画策して……」
「そして?」
「――あわよくば、自分が主役になっちゃえ! 的な?」
「……疑問形なわけね」
「だ、だって。それ以外は考えられないよね?」
そう口では言いつつも、思い出されるのは数日前交わしたセシリアとのやり取り。
シェイラ達の話を聞いて、漠然と思い描いていたシナリオとは別のことをセシリアは口にした。
神官長であるレイとユイリが、外部から干渉することで孤高なる聖域であるはずの学院を汚そうとしている――。
(ってことはつまり、セシリアは学院を――ひいては夏季祭で演じられる聖劇を守るために実行役員という絶対的な組織を作った?)
そしてシェイラ達もまた、“汝、常に平等であれ”という学院の精神に反する実行役員の行為を、良しとしない。
どちらが正しいのだろう。
アデレイド女学院における下積みを経験せず、いきなり最高学年に入ったユイリには判断の付けようがなかった。
結局のところ、最初の印象でしか善悪を判断することができないからだ。
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