世界の果てで紡ぐ詩

47.

 夕食の時間を半ば程過ぎていたということもあり、ユイリたちが入った頃には食堂は学院生たちで大いに混雑していた。
 どこに席をとろうかと思う間もなく給仕役の下級生が中庭に面したテーブルに案内してくれて、その素早さにユイリは思わず感心してしまった。
 過剰な注目を浴びるのは勘弁してほしいが、こういう利点も時にはあるらしい。
 ただし、給仕の度に顔ぶれが変わって好奇心丸出しに観察されているので、ユイリはすぐに辟易してしまったが。

 注目されることに慣れっこな三人組――もちろん、レイス、シェイラ、ミリセントの三人だ――の横で目立たないように必死で存在感を消そうとしていると、同じく注目を浴びることにまごついているミレイネと目が合った。
 ミレイネの瞳には、反射的に浮かんだらしい狼狽の色が漂っている。

「あ、あの……」

 意を決したものの、ミレイネは自信がない様子でユイリに話しかけた。

「ユイリさんは、こ、この学院に編入されて、きたんですよね?」

 突然の質問に、ユイリは目を瞬かせた。

「うん。まぁ、そうだけど」
「あの、わたくし……とても言いにくいのですが……その、ユイリさんは今回の、せ、聖劇で、“悲哀の聖女”ではなくて、良かったのですか?」
「――――はぁ?」

 質問の主旨が分からずユイリが間の抜けた声をあげると、ミレイネの体が怯えたようにびくりと動き、顔が今にも泣き出さんばかりに歪んだ。

「ご、ごめんなさい! だってわたくし、その……」
「ユイリが“悲哀の聖女”ですって?」

 ミリセントが、素っ頓狂な声をあげた。

「ミレイネったら。そんな馬鹿げたことを言うなんて、どうかしているわ。お前の目は節穴じゃないんだから、この子がそんな器じゃないことくらい分かるでしょうに」
「あら、本当にそうかしら。わたくし、ユイリには十分に素質があると思うわ」
「どうしてよ、シェイラ?」
「また君の勘?」
「ええ、そうよ。何か問題でもあって?」

 口ではそう言ったものの、シェイラが浮かべた笑みには困惑が混じっていた。

「わたくし、ユイリについてみなさんに言ったことで嘘をついたことはないわ。彼女には素晴らしい素質があるっていうのは本当よ。ユイリは……なんて言ったらいいか適当な言葉が浮かばないのだけれど――こんなことを言って気を悪くされたらごめんなさいね――、その……どこか曖昧な感じがするっていう表現が一番適当かしら」

 シェイラの視線を感じたが、ユイリはひたすら下を向いてやり過ごした。

 曖昧なのは当然だ。
 ユイリはこの世界の人間ではなく、異世界からの迷い人という存在なのだから。

 思わず顔を引きつらせているユイリの横で、ミレイネは人見知りの彼女には珍しく、興奮気味に声を上ずらせた。

「わ、わたくしもユイリさんと初めてお会いした時、シェイラさんと同じことを思いました。神官長さまのご推薦の方ということで、わ、わたくしも気になっていたのですが、何だか違和感があって。精霊の加護があることは感じでも、何か仕切りがあるように、感じていたのです」

 ミレイネにとってここまで一息に話すことは大変な重労働だったようで、もともと緊張気味で赤らんでいた顔をさらに紅潮させている。
 しかしミレイネを凝視していたユイリと目が合った途端、うろたえたように両手で顔を覆ってしまった。

「ご、ごめんなさい! わ、わ、わたくし、なんて失礼なことを言ってしまったのかしら!!

 ユイリは慌てて首を振った。
 
「別に失礼なことなんて思っていないから」

 実際、ミレイネの言葉には純粋な疑問があるだけで、失礼な響きは一つもなかった。
 言葉の端々にあったのは、探究心とでも呼べそうなもの。
 猜疑心からではなく、ただ単純に“なぜ”という疑問しか浮かんでいなかったことが感じられた。
 ユイリの存在そのものの不可解さではなく、ユイリが纏っている雰囲気に対して興味を惹かれたとでも言うように。

 それは、シェイラの言葉からも感じられた。

「それって――ユイリの存在が目立たないように、隠されているってことかしら?」

 ミレイネは勢い込んで頷いた。

「ええ、ええ! シェイラさんおっしゃる通りですわ! ま、まるでわたくしたちの目から、意図的に隠されているような気がするのです」
「何よそれ」

 給仕をしようと近づいてきた少女を軽く追い払って、ミリセントは不愉快そうにユイリを顎でしゃくった。

「この子に関する噂は本物で、素晴らしい素質の持ち主だとでも言うつもり?」
「少なくともユイリには、見えている部分が全てだと思わせない何かがあることは確かだわ。あなたもそう感じたんじゃなくて?」
「え、ええ。セシリアは何の脅威もないって……か、軽んじていたけれど、でもわたくしはそうじゃないと思うのです。ユイリさんは、わたくしなんかよりずっと、そ、素質があるんじゃないかと思います。だって、あの方は――」

 途中まで言いかけたミレイネは、突然大きく目を見開いて、口をつぐんでしまった。

 ユイリはミレイネの反応の不自然さに、眉をしかめた。
 同じように不審な眼差しを送る面々の中で、ユイリには一つ思い当たる節があった。

 シェイラたちには言っていないが、ミレイネとそっくり同じ反応をつい最近ユイリは目にしていたのだ。
 キーワードは、“あの方”。
 呼んでもいないのにユイリの部屋に押し掛けてきた時、セシリアが見せた恐怖と似た種類の表情がミレイネの顔には浮かんでいた。

(二人が言っている“あの方”って、もしかしたら同じ人?)

「――ミレイネ、君は一体何を隠しているの?」

 真っ直ぐ見つめてくるレイスの言葉も、ミレイネには届かなかった。
 彼女は震える唇を白くなるまで噛みしめて、ただただ首を振り続けていた。

inserted by FC2 system