世界の果てで紡ぐ詩

49.

「一つ、言いたいことがあります」

 セシリアは感情的になるまいとしているようだったが、上手くいったようには見えなかった。

「あなた方が野蛮で無作法だということは知っていましたが、まさかミレイネを泣かせるほど心ない人たちだとは思ってもみませんでしたわ。“悲哀の聖女”をとられたからと言って、どうしてあんなに非情なことができるのです? 文句があるならわたくしに言えばいいのに、ミレイネに辛くあたるなんて……信じられませんわ!」
「はぁ?」

 彼女らしくなく素っ頓狂な声をあげたミリセントの横で、シェイラは当惑して何度も瞬きをした。

「待ってちょうだい、セシリア。ミレイネに辛くあたるだなんて、わたくしたちそんなことはしていないわ。ましてや泣かせるなんて――。えっ、ミレイネは泣いていたの?」
「ええ、そうよ。ミレイネは人見知りする子だけど、あんなにふさぎこんで泣くなんてこれまではありませんでしたわ。なのに、なのに……。――聞けば食堂で、あなた方と何か話しこんでいたと言うし、しばらくしてミレイネが突然席を立った時も素知らぬ顔で食事を続けていたと言うじゃありませんか。なんて非情な人たち! 何か反論の余地でもあるなら言ってごらんなさい!」
「……反論の余地ならたくさんあるけど」

 ユイリが思っていたのと同じセリフを、レイスが言った。

「でもどうせ聞く耳を持たないだろうし、君にそれを話しても仕方がないと思う」
「第一、どうしてお前にそれを話さなければならないの? そんな義理など、ありはしないのに」
「二人とも、黙っていてちょうだい!」

 強めの口調で言ったシェイラが、一歩進み出て気遣わしげにセシリアを見つめた。

「ねぇセシリア、わたくしたちがミレイネと夕食をご一緒したのは確かに事実よ。その時――えぇと、何の話をしていたかしら?」
「……ユイリについて」

 しかめ面をしたレイスが短く答えた。
 シェイラは大きく頷いた。

「ええ、そうだったわ。ユイリについてちょっと気になる点があったものだから、ミレイネと話をしていたの」
「ということは、この編入生が原因ですのね」

 鋭い眼光で睨まれて、ユイリは身をすくませた。
 こんな場面で話を振らないでほしいと思いながら、おろおろと挙動不審気味に視線を彷徨わせる。
 ユイリが何か言い訳の言葉を口にのせるよりも、シェイラが否定する方が早かった。

「そういうわけではないわ。ユイリについて話をしていたことは事実だけれど、彼女は何も関係ないの。実はわたくしたちにも、どうしてミレイネが突然席を立ったのか分からなくて。ただ普通に、話をしていただけなのよ」
「この――」

 セシリアは、高慢な仕草で眉をあげた。

「何の取り柄もない編入生について話すことなんて、一体何があったのかしら。わたくしにはそっちのほうが疑問ですわ」

 揶揄するような彼女の言葉に、ふいに鋭い怒りがわいた。
 ユイリはことを荒立てるだけと分かっていながらも、激しい口調で言わずにはいられなかった。

「さっきから私が全部悪いみたいに言っているけど、いろいろ聞きたいのはこっちの方! この前セシリアは私の部屋に来たよね? その時もそして今日ミレイネの話を聞いた時も思ったけど、“あの方”って一体ダレなわけ? あなたたちが“あの方”とやらに何か言われて動いているのは分かるけど、どうしてそこまで怖がっているの? 私の方が聞きたいよ」

 セシリアは顔を紅潮させたのも束の間、倒れてしまうのではないかと心配になるほど色を失い、目を大きく見開いた。
 真っ青な瞳が急激に光をなくしていくように、表情が硬く強張っていく。

「――ミレイネが“あの方”と言ったのね」

 セシリアは、無感情に呟いた。
 その反応に怯みつつも、ユイリは頷いた。

「そ、そうだけど」
「そう……。どうやらわたくしは、あなた方に謝らなければならないようですわね。ミレイネの件で疑ってしまったことについては謝罪しますわ。わたくしの勘違いだったようですから」
「えっ、ちょっと」
「わたくし、これで失礼します。――考えたいことがあるの」
「セシリア様……!」

 取り巻きの少女たちの戸惑いも意に介さず、セシリアは唐突に会話を打ち切るとユイリの横をすり抜けようとした。
 しかし、すぐさま進行方向に立ちはだかったミリセントが、菫色の瞳を鋭く光らせた。

「あれだけわたくしたちを責め立てておいて、事情の一つも説明しない気? それはあまりに狡いんじゃなくて?」

 セシリアは顔をあげた。
 落ちてきたキャラメル色の髪を鬱陶しげに後ろに払うと、不快感を隠そうともせず答えた。

「なぜ説明しなければならないのです? 疑ってしまったことについて、謝罪はしました。これ以上、わたくしに何をしろと? ……これはわたくしたちの問題であって、あなた方には何ら関係のないことですわ。個人的なことに干渉されるのは不愉快ですし、余計な口出しは慎みがないように思われますわよ」

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