白の影 黒の光

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12

 女は緊張した面持ちで与えられた椅子に腰掛けていた。
 国を裏切り、民を捨ててやってきたこの国で、ようやく王に目通りが叶ったのだ。

 国を捧げた功績でもっと早い段階で王に会えると思っていたのに、蓋を開けてみればもう一週間近く経っている。
 女にはそれが不満で、この国に伴ってきた女の裏切りを知るわずかな従者たちに当り散らしもしたが、いざ会えるとなると、緊張を隠せかった。

 何度も深呼吸を繰り返し、心を落ち着かせる。
 何せ相手は即位してからわずか五年の間に、他国からの侵略に戦々恐々としていた弱小国を、他に並ぶものがないほどの強国へと押し上げた勇猛な王だ。
 王の望みだったという国を差し出したとはいえ、いつ自分も切り捨てられてしまうのかわからない。せいぜい煽てあげて機嫌を取り王に気に入られなければ、この国での居場所を失ってしまう。
 

 不安と緊張を抱えたまま、女はようやくその時を迎えた。

 玉座の一歩後ろに洗練された物腰の女官が現れ、冷ややかな眼差しで女を見下ろした。

「陛下の御成りでございます」
 
 声もどことなく冷たい。
 癇に障ったが、押し殺して椅子を立ち、頭を下げた。


 かつん、と靴音が鳴る。

 その瞬間、まるで鋭い刃物を突きつけられているかのような恐怖が女の身体を貫いた。
 背筋を冷たい汗が流れ、身体が小刻みに震えだす。
 足音が近づくにつれて逃げ出したい衝動に駆られるが、足が凍りついたまま動かない。

 不意に足音が止まった。
 息を殺し、浅い呼吸を繰り返す。
 威圧感で押し潰されそうだ。
 意識が遠のきかけた時、空気が動いた。
 微かな衣擦れの音と共に、玉座に人が座った気配を感じる。

「面を上げよ」

 若い男性の声。
 その声の涼やかさに、女はそれまでの恐怖を一瞬忘れ、顔を上げた。
 思わず息を飲む。

 長い睫毛に縁取られた深い藍色の瞳と、白磁の肌。
 癖のない柔らかそうな銀髪は、まるで寒い冬の澄み切った夜空に浮かぶ星の光を集めたようだ。
 形のよい唇は、三日月形に弧を描いている。

 女は呆気に取られて、ぽかんと玉座に悠然と座る男を見上げた。これほどまでに美しい男性を、彼女は見たことがなかった。男性が身に纏う金糸銀糸が織り込まれた豪奢な紅い衣も、彼の美しさの前では霞んでしまっている。

「そなたが神の国アルスフォルトの最高位を司る神官か」

 天から降ってくるかのような声で女は我に返った。
 慌てて叩頭する。

「セレイナと申します。こ、この度は陛下にお目通り頂き、身に余る光栄にございます」

 女の声が震えている。
 男はふと微笑んだ。

「そう堅くならずともよい。そなたには感謝しているのだ。そなたの働きのお陰で神の国たるアルスフォルトを手に入れることができたのだからな」

 男は意識して声と表情を和らげた。
 女は、さっと頬に朱を走らせ、己の功績を認められたことで歓喜に震えた。

 見上げてくる女の目が、潤んでいる。男は内心ほくそ笑んだ。

「そなたも戦のなか疲れただろう。ゆるりと疲れを癒すがよい」
「ありがとうございますっ」

 女は再び叩頭した。

「そなたには期待している。これからも我がディオグラン王国を頼むぞ」
「はいっ!! 陛下のご期待に添えますよう精進してまいります」

 女が信頼を得たと確信して並べ立てている言葉を、もう男は聞いていなかった。
 顔を伏せている女は気づいていない。
 男は氷よりも冷たい目で女を見下していた。

 ばかな女だ。
 国を裏切るような人間を、本当に信用していると思っているのか?

 男は冷えた瞳のまま笑みを深めた。

 まだこの女には利用価値がある。せいぜい働いてもらおう。

 国のためなんかではない。そんなことのために、あの国を手に入れたのではないのだ。


 すべては、我が望みを叶えるために。
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