白の影 黒の光

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16

 リーズはゆったりと食後のお茶を楽しんでいた。
 鼻をくすぐるのは彼女の大好きな花の香り。口許には淡い笑みが浮かんでいる。
 側に控えた侍女のステラは、ほぅとため息をついた。

 長い睫毛と大きな藤色の瞳。髪も瞳と同じ藤色で、動く度にサラサラと、まるで絹糸のように流れる。
 肌は透けるような白さで、花弁のような唇は更に彼女の清楚さを際立たせている。
 
 ステラにとって、こんなに美しい姫君に仕えることができるのは夢のようであった。

 ステラが姫君に仕えるようになってもう一年が経つ。初めての宮仕えで緊張していた彼女に、姫は優しく言葉をかけてくれた。慣れない仕事に何度も失敗を繰り返したが、姫は怒ることもなく、逆に親元を離れて働くステラを気遣ってくれさえした。

 優しく、美しい姫君はステラの自慢。


 その姫君の様子がおかしくなったのは、半年ほど前のことだった。

 表面上はいつもと変わらない。挨拶をすれば女性でも頬を赤らめてしまうような微笑みで返してくれるし、ステラのつまらない田舎話にもとても楽しそうに相槌を打ってくれる。

 ただ……。

 ふとした時に、姫はぼんやりと考えこんでいることがある。
 どこか遠いところを見るように窓の外を眺めているのだ。

 そんなことが何日も続き、気になったステラは意を決して姫に訊ねた。一体何を見ているのか、と。


 すると彼女はどこか寂しそうな微笑みを浮かべて……会いたい人がいるのだと言った。

 その時初めてステラは姫が夜毎見る夢の話を聞いた。


 哀しげに佇む青年。
 言葉も交わさず、触れることも叶わない。
 黙って見詰め合うだけの二人。


 まるでおとぎ話のよう。
 恋など知らない幼いステラは話を聞いて胸踊らせたが、姫はただ困ったように笑うだけ。
 

 あの時はたかが夢の話だ、と思っていたのに、ここ最近の姫の様子を見る限りそう楽観してはいけないような気がしていた。


 遠くを眺めてはため息をつく姫。
 自分が話しかけても気づかないときすらある。


 いつか、大好きな姫様が、突然いなくなってしまうのではないか。


 ステラは最近ぼんやりとそう思うようになっていた。
 見知らぬ誰かが現れて、姫をつれていってしまうのではないかと……。


 きっと、どんなに慕っていても自分は置いていかれるのだろう。
 だって、考え事をしているときの姫様は、自分のことなど見てはいないから。

 でも、それでもいい。

 ステラは少し悲しそうに笑った。
 一緒に連れて行ってほしいなんて言えない。
 自分は単なる召使で、彼女にとっての「大切な人」ではない。
 仲良くしてくれるのは、私が姫様付きの侍女で、ほかの人たちより多くの時間を彼女と過ごしているから。


 そのときが来たら、どうか振り向かないでください。
 そして、望む幸せを手に入れてほしい。


 姫様をここから連れ出して幸せにしてくれるなら。
 この鳥籠を壊して、優しいあの人を解放してくれるのなら。


 私は置いていかれてもかまわないから。
 
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