白の影 黒の光
17
フィアル・フェデリア。
長い歴史を誇る、古の大国である。
リーズはこのフィアル・フェデリアに第一王女として生を受けた。
親である王と王妃、そして王位継承者である兄の愛情を一身に受けて育ち、幼い頃から愛らしく優しかった少女は誰もが目を奪われるほど美しく成長した。
聡明で清廉。身分に隔たりなく誰にでも優しく接する彼女は、城の皆から愛されていた。
類い稀な美しさと王族たる気品、そして優しさを併せ持つ高貴な姫君。しかし、フィアル・フェデリアの民は彼女の姿を実際に見たことがなかった。
彼女は生まれた時から真綿に包まれるように守られて、城の外に出たことがない。
ただの一度もだ。
原因はリーズが幼かった頃に起こった誘拐事件であった。
幼少時、彼女は身分を偽って城の中に入り込んでいた不逞の者に誘拐されかけたのだ。
それ以来、王と王妃はリーズの身を案じ、城の外に出すことはおろか、城の者以外の人目にも触れさせずに育ててきた。
城から出してもらえないことにリーズは多少不満も抱いていたが、自分のことを心配してのことであったため、両親に逆らうことはなかった。
単調な毎日。
そんな中で彼女に許された自由はとても少ない。
城の中庭に咲く花を眺めること。
侍女であるステラとのおしゃべり。
大切にされていることは解っている。
愛されていることも疑ったことはない。
でも、リーズの心はぽっかりと穴が空いたように空虚だった。
何かを変えたいという漠然とした思いを抱えたまま、両親の愛情を裏切ることも出来ず、王族としての責務を背負うことも出来ない。
与えられたドレスと宝石を身に付け、聖女の微笑みを浮かべる。
まるで人形。
麗しい笑顔の下に自嘲の笑みを隠して、自分の存在価値を探し続けてきた。
そんな彼女の生活に変化が訪れたのはある夜のこと。
彼女は、見たこともない美しい花々が咲き乱れる夢の中で彼に出逢った。
吸い込まれそうな藍色の瞳を哀しげに揺らす青年。
離れた所からリーズをじっと見つめてくる。
問いかけても返事はなく、手が届きそうで届かない。
目覚めたとき、それが夢だと気付いてとても驚いた。まるで現実にあったことのように記憶が鮮明だったから。
また逢いたい。
素直にそう思った。
それから、リーズは時々彼との夢を見るようになった。
話をすることなくただリーズを見つめる青年。
リーズは次第に夢で彼に逢うのが楽しみになっていた。
単調な毎日の中で見つけたささやかな楽しみ。
知っているのは、ステラだけ。
しかし、その思いもすぐに変わっていった。
声が聞きたい。
触れてみたい。
逢いたい。
夢の中ではなく、現実の世界で。
彼女は見つけてしまった。捨てられない願いを。
そして、愛する人たちをいつか裏切ってしまうのだろう。
それだけが、とても悲しかった。
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