白の影 黒の光
18
「最近元気がないな。どうかしたのか?」
突然話しかけられたリーズは驚いて顔を上げた。
いつものように中庭の花を眺めていた彼女の目の前に立っていたのは、肩まである金髪を後ろでまとめた青年。
リーズは驚いていたものの、すぐに表情を緩めて微笑んだ。
「お兄様。剣のお稽古はもう終わりましたの?」
「ああ」
青年は頷いて腰に下げていた剣を外すと、リーズが座っていた椅子の隣に腰を下ろした。
「まぁお兄様ったら。椅子があるのですから、そちらにお座りになったら?」
「いいだろ、別に。固いことを言うな」
苦笑するリーズの隣で、彼女の兄は軽く手を振って笑った。
相変わらず自由な人だとリーズはため息をついた。
青年の名はリデル。
リーズの実の兄であり、フィアル・フェデリアの王太子である。
リーズより五つ年上のリデルと彼女は、正反対の性格であるにも関わらず、とても仲がいい。
リーズは騒ぐことが苦手な大人しい性格。
対して、リデルは幼い頃から次期国王として厳格な教育を受けてきたはずが、何をどう間違ってしまったのか堅苦しいことが苦手な自由奔放な性格に育ってしまった。
その自由な行動に眉をひそめる者もいたが、不思議なことに彼が嫌われることはなかった。それどころか、気さくな人となりが好まれ、民からの人気も絶大だった。
自由を求めるリーズにとって、王太子として国の内外を飛び回る兄は憧れの存在である。
「そういえばお兄様、先程何かおっしゃっていました? ごめんなさい、考え事をしていて聞き取れませんでしたの」
すまなそうに謝る妹に、リデルは一瞬言葉をつまらせた。言いづらそうに視線をさまよわせたあと、彼はリーズに向き直った。
「……リーズ、お前、何か悩んでいるんじゃないか?」
「えっ?」
「いや、最近ずっと元気がないだろう。だから何か悩みがあるんじゃないかと思ってな。……俺で良ければ話を聞くぞ」
真剣にそう言う兄に、リーズは少し驚いていた。
兄は王太子の仕事で毎日飛び回っている。
卑下などではなく、忙しい身である彼がリーズのことをちゃんと見ているとは思わなかったのだ。
びっくりしたけど、嬉しかった。
でも、言えない。
話すわけにはいかない。
たとえ大好きな兄でも、このことだけは話せない。
「いいえ、悩みなんてありませんわ」
「でも……」
きっぱりと言い切ったリーズに、リデルは納得はしていないようだった。
仕方なく、リーズは相手に気づかれないようにため息をつき、困ったように笑ってみせた。
「たいしたことではありませんの。……最近、少し寒くなりましたでしょう? ここのお花たちの調子が悪いようですので、心配しているだけですわ」
当たり障りのないリーズの答えに、リデルはようやくほっとしたのか妹と同じ藤色の瞳を細めた。
彼女の心の裏には気づいていないようだ。
「そうか。そういえば最近少し寒くなったな。花を眺めているのもいいが、暖か
くして、体を壊さないようにな」
リデルは立ち上がると、リーズの髪を優しく撫でた。リーズは嬉しそうに笑って頷いた。
ごめんなさい。
まだ誰にも話せないの。
こんなに愛してくれる貴方たちを裏切るわたくしを
どうか赦さないで下さい。
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