白の影 黒の光
02
その日は唐突に訪れた。
夜が明けきらない薄闇の中、赤々と燃え盛る松明がやけに鮮やかに少女の瞳に映った。
武装した大勢の兵士たちが街に攻め入ってきたのだ。
兵力の差は歴然だった。
街は瞬く間に戦火に飲み込まれ、武器を持たない大勢の民衆が敵の兵士に無残に斬り捨てられていった。街には火が放たれ、美しいレンガ造りの街並は人々の悲鳴と炎の中に消えていった。
少女は茫然と窓からその様子を眺めていた。
悪夢が現実になる。
あの日、夢で視たままの光景が彼女の目の前に広がっていた。
祈りは届かなかった。
いや、届かないことは彼女自身がよく分かっていた。
それでも、縋るしかなかった。
そして、これは現実。
祈りなどない現実の世界。
口元を手できつく押さえて、少女は悲鳴を飲み込んだ。
踵を返して小走りに部屋のドアを開くと、少女がいた神殿の廊下は、逃げ惑う人々で溢れかえり混乱を極めていた。どうやら敵兵は神殿にまで及んでいるらしい。
少女は一瞬戸惑ったが、すぐに人波に飛び込んだ。少女の向かいたい先は人波とはまったく逆の方向だったため、行きかう人々の間を縫ってなんとか進んでいく。
目的地に着いたときには、もうへとへとだった。大きく息を吸い込み、ゆっくり吐き出す。
呼吸を整えてから、目の前の大きな扉をノックしようと右手を持ち上げたそのとき、少女の耳に話し声が飛び込んできた。
息を飲み、少女は手を止めた。少女が訪ねたのは、彼女が幼くして神殿に引き取られた頃からまるで妹のように可愛がってくれた最高位の神官の部屋。中からかすかに聞こえてきた話し声は、少女が訪ねた人物のもので、気になった少女は迷った末に耳をドアに寄せた。
「本当にわたしに危害を加えることはないんでしょうね」
「もちろんですよ。あなたの協力がなければ、我々がこの国に攻め入ることなどできなかったのですから」
若い女性の声と、それに応える壮年の男性の声。
まるで、裏切りのような会話。
少女は耳を疑った。
会話の意味が理解できない。
理解が追いつかない少女に、さらに追い討ちをかけるように会話は進んでいく。
「神殿が混乱しているうちに脱出してください。外に馬車を用意しています。そのままわが国にお連れしましょう」
「待遇の条件は飲んでもらえたのかしら」
「勿論ですよ」
低く笑う男の声に、少女の背筋は冷えた。
ようやく全てを理解し、目の前が真っ暗になる。
そう。
救いなど、はじめからなかった。
祈りなど、するだけ無駄だった。
彼女が信じる神は、目を覆いたくなるような凄惨な現実と、心が砕かれそうな冷たい現実を少女に突きつけていた。
少女と国は、彼女が信じていた人物によって売られたのだ−−。
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