白の影 黒の光

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20

「……ふぅ」

 サリアは無意識にため息をついていた。
 暗い廊下を盆を片手にため息をついて進む。
 この一週間で、リオに会った後にウキウキしながらこの廊下を進んだことはないような気がする。

「今日も笑ってもらえなかったなぁ」

 しょんぼりと独り言をもらすと、声が長い廊下によく響いた。

 この館に置いてもらうようになって、もう一週間が経つ。
 彼女としては環境にも慣れてきたので、そろそろリオと仲良くおしゃべりとかできたらいいな、と淡い期待を抱き始めていた。

「せっかく置いてもらえているんだし、もっとリオさんの役に立ちたいな……」

 何かあったら頼む、と言われてはいるものの、リオから何か頼まれたことはまだない。
 一日部屋でぼんやり過ごすのは性に合わないので、当たり障りのない範囲でちょこちょこ掃除をしてみたりお茶を淹れてみたりするのだが、リオの反応はいつもそっけない。

 もしかして、迷惑なのかな……。

 そう考えてサリアはちょっと落ち込んだ。

 単にリオが口下手で感情表現が苦手なだけで、彼は彼女に感謝していたりするのだが、そうとは知らないサリアは肩を落として台所の扉を開けた。

 棚に盆を戻して、炊事場の丸椅子にちょこんと腰掛ける。
 またため息をつきかけて、サリアはプルプルと首を横に振った。

「いけない、いけない。こういうこと考え出すときりがないのよね。取りあえず気分を変えなくちゃ」

 うん、と頷いてサリアは気分転換することに決めた。



 一人で住むには広すぎる館も、さすがに一週間過ごすと迷うことも少なくなる。
 サリアはまっすぐ玄関に向かい、扉を開けて外に出た。

 この世界に来てから、外に出るのは初めてだ。

 ちょっとだけ気分が浮上して、彼女はきょろきょろと辺りを見回した。

 館の周りを取り囲むのは、鬱蒼と繁った森。
 音もなく、生き物の気配もない。
 館を一周してみても、まったく同じ景色だけが広がっている。

 初めてこの世界に来た時、窓の外から見えたのは、果てしない深緑。
 この森に果てはあるのだろうか。

 ぼんやりと考えごとに耽っていたとき、異変が起きた。


 すう、と体から血の気が引いた。
 眩暈を起こしかけ、サリアはその場にうずくまった。
 頭がガンガンする。耳の奥では耳鳴りが響いていた。

 


 
 ……呼んでる。



 彼女は直感的にそう思った。

 何故かはわからない。何が呼んでいるのかも。

 でも、呼んでる。

 サリアは確信していた。


 何かが、森の奥で、私が来るのを待っている。



 意識が遠のきかけるのを必死で堪えて、サリアは立ちあがった。
 震える体を両手で抱きしめながら、彼女は森へと足を進める。
 もうほとんど無意識の行動。彼女自身も、何かが起きていることに気づいていない。

 ただ、呼ばれるままにのろのろと足を動かしている。


 ようやく庭を抜け、森へと足を踏み出そうとしたその瞬間。

「何をしている!!」

 焦ったような声がサリアの耳に届いた。
 ゆっくりと振り返ると、リオが館から走ってくる姿が見えた。

 彼はサリアのそばに寄ると、その異変に気付いた。
 目がうつろで、顔も青ざめている。体は小刻みに震えていた。

「どうした!?」

 リオは驚いてサリアの肩に手を掛けた。

「……リオ、さん…………」

 もう限界だった。

 ぐらりと視界が反転する。

 そのまま、サリアの意識は闇へと沈んでいった。
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