白の影 黒の光

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23

 いったい何を考えているのか……。

 セレイナは目の前に座る男にちらりと視線をやった。
 男は輝く銀の髪を開け放った窓から吹き込む風になびかせながら、窓の外の移り行く景色を楽しんでいる。

 呑気なものだ。
 セレイナは気づかれないようにため息をついた。今頃城では、主の不在に気づいただろうか。きっと大騒ぎになっているに違いない。
 急いで知らせを走らせたが、果たして間に合ったかどうか……。

 セレイナの憂慮を余所に、男は鼻歌でも歌い出しそうなほどご機嫌な表情。
 仕えて間もない彼女には、男の行動が全く理解できなかった。


 かつて自らが生まれ育った国に向かってすぐのこと。
 アルスフォルトでどう身を隠しつつサリアの情報を探るか考え込んでいた彼女の元に、あり得ない知らせが届いた。

 知らせは自分の前を行く隊列の先頭から。

 それを聞いた瞬間、彼女は文字通り開いた口が塞がらなかった。


「陛下がいらっしゃっております」

 報告した兵士も余程驚いたのだろう、声が裏返っていた。
 対するセレイナがようやく発した言葉も、間抜けなものだった。

「陛下というのは、我が国の?」

 セレイナの質問の間抜けさにも気づかず、兵士はそれ以上言葉が出ないのか、こくこくと頷くだけ。
 彼女は慌てて乗っていた馬車を飛び出し、兵士が指し示した場所に向かった。

 そこには、ひらりと軽い身のこなしで馬から降りる主の姿があった。
 動作一つ取っても、まったく無駄がない。
 感嘆のため息でも出そうな光景だったが、今の彼女にそんな余裕があるはずもなかった。

「陛下!?」

 思わず大声を上げてしまったセレイナを咎めることなく、ディオグラン王国国王――リューイは悠然と微笑んで彼女と向き合った。

「セレイナか」
「なぜこちらに!?」

 驚いている彼女の表情を楽しむように、リューイは笑った。

「アルスフォルトは我が支配下となった。自国の領土を管理するのは王の責務だからな。民の暮らしを自らの目で確かめねば」

 そう言われてしまうと、セレイナに反論する術はなかった。
 驚きはしたが、自分の働きを直に見てもらえる好機だ。
 そう彼女は考え直し、王が乗るには些か簡素な馬車に、彼と共に乗り込んだ。


 アルスフォルトまではまだ相当の距離がある。
 それまでにサリアを見つける手立てを講じなければならない。
 ここで失敗する訳にはいかないのだ。

 セレイナはリューイから視線を外し、彼に倣って窓の外に目を向けた。

 ディオグランに来てから初めての外出。アルスフォルトにいた頃から滅多に神殿を出たことがなく、まして国の外に出たこともない。
 国を出奔したあの日、初めて外の世界に触れた。
 しかし、不安と興奮でいっぱいだったためか、外の様子などほとんど覚えていなかった。

 次々と流れていく緑の山野。さえずる鳥たち。

 美しい景色が彼女の目の前に広がっていた。
 こんな景色を見たことがない。いや、見ようとしなかっただけか。

 確かに残っていた、罪悪感で。


 無意識にセレイナの口許には自嘲の笑みが浮かんでいた。
 後悔などしていないはず。しかし、誰にも姿を見られたくないと思っていること自体が、後ろめたさの現れではないのか。
 母国に近づくにつれて、彼女の心にさざ波のような揺らぎが生まれていた。


 自らの思考に耽っていたセレイナは、気づいていなかった。

 リューイが、まるで見定めるように彼女を眺めていたことに。
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