白の影 黒の光

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25


 美しい国だと思った。

 整然と整ったレンガ造りの街並みは、ほかのどの国とも違っていた。

 街並みを抜けた先には、白い石造りの神殿の姿。
 民を見守るように佇むそれに、リューイは身震いした。

 神殿は王が住まう城よりも高台にあり、それがどれだけ国の中心を担っているのかが伺えた。

 この国にとって王はただの飾り。
 権威はあるが、実権は何もない。
 国を統べるのは、神事に従事する神官たち。
 民はみな神を信じる敬虔な人々ばかりで、国風そのままに争いを好まない。

 少数部族から成り上がったリューイにとっては、この厳かで清廉な空気は肌に合わなかった。
 強いものが生き残り、弱いものは消えていく。欲しいものがあるなら、戦って勝ち取る。
 彼はずっとそうやって生きてきた。
 争わず武器も持たないアルスフォルトの空気に合うはずもなかった。


 アルスフォルトの石畳の街並みを進む騎馬の兵士と、彼らに囲まれる馬車の姿は、まったく風景にそぐわないものだった。
 人々は自分たちの国を制圧した敵国の兵士たちを、不安と怒りが入り混じった視線で遠巻きに眺めている。

 リューイは人々の視線にいい加減うんざりして、窓から車中に目を戻した。
 向かいのセレイナはすっぽりとフードを被り、俯き加減で座っている。

 窓から中が見えるものの、彼女が国の最高神官を務めていた者とは誰も気づいていないようだ。
 騒ぎ出す様子もないアルスフォルトの国民たちに少し安心したのか、セレイナが視線を少し上げた。

「陛下、もうすぐ神殿に入ります。すぐに最高位の神官を連れてまいりますので、彼からサリアに関する情報を聞き出しましょう」
「今の最高位の神官とは顔なじみか?」

 国を手に入れたあと行われた両国の会談で、リューイはアルスフォルトの最高位の神官を名乗る男に一度会ったことがあった。
 その男の顔を思い浮かべながら、リューイはセレイナに訊ねた。
 セレイナは、少し躊躇いながらも頷いた。

「私の下に付いていた者です。会談の様子は拝見させて頂いておりましたので、彼が私の代わりに位に就いたことは存じております」

 表情が曇っているのは、これから見知った者に会うからだろうか。

 アルスフォルトでは、神殿の神官が情報をディオグランに流して手引きをしたことはもう国中に噂となって広がっていた。
 しかし、彼女が裏切り者だということを知っている者は少ない。
 それを知っているのは、今の最高位の神官を始め、上位の神官たちだけ。
 会談にセレイナは同席しなかったが、国が倒れた直後から姿を消した彼女を怪しむ声は、会談の前から上がっていたようだ。

 実際に彼らがセレイナの真実を知ったのもまた、会談でのこと。
 彼らに高圧的に接していたディオグラン側の一人が、口を滑らせたのが原因だった。

「これからお前たちの国は我らの支配下となる。神の国がたった一人の人間……我が王の前に屈するとは滑稽なものだな。こんな愉快なものを見せてくれた『彼女』には、感謝せねばな」

 誰もが抱き、信じたくないと思っていた疑惑が確信へと変わった。

 あの女が、国を売ったのだと。

 あの日からまだ幾許も時が流れていない。彼らの中にはセレイナへの憎しみが渦巻いていることだろう。
 そんな中にディオグランの使者として行かなければならない彼女の不安は、とても大きいはず。

 声を掛けようとしたリューイを遮り、セレイナは口を開いた。

「ご安心ください、陛下。今の私はディオグランの人間。陛下の忠実な臣下です。いまさらこの国で恐れるものなど……失うものなど、何もあるはずがございません」

 顔色はわずかに青ざめてはいたが、その言葉は決然としていた。
 俯きがちだった顔も徐々に上がり、神殿を目の前にする頃にはしっかりと前を向いている。

 リューイは唇を歪めて笑った。

「では、そなたの覚悟を見せてもらうとしよう」

 どこか楽しげなリューイの声を聞きながら、セレイナは白磁の神殿を挑むように見つめていた。
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