白の影 黒の光
26
馬車は城下を抜け、神殿の裏に回った。
人通りの少ない裏通りに馬車は止まり、先導していた兵士の一人が丁寧な手つきで馬車の扉に手を掛けた。
裏の門の前に立ち、憎々しい表情で馬車を出迎えたのは、数人の神官たち。
その中央には、ほかの神官たちとは少し違った出で立ちをした、リューイより少し年上の男。年のころはセレイナと同年代だろうか。
リューイが先に馬車を降り、神官たちに向き合っている背後で、セレイナが固い足取りで馬車を降りた。
途端に神官たちからざわめきが上がった。
それもそのはずで、ここにいる神官全員が、セレイナを裏切り者と知っている。
ディオグランからの使者が来ることは聞いていたが、まさか王本人とセレイナが直接来るとは思いもしなかった彼らは、一様に驚いていた。
国を裏切った分際で、再びこの国に足を踏み入れるとは……。
皆が驚きと怒りを隠そうともせずにセレイナを睨み付けた。
そんな中、ほかの神官たちを片手で制して中央の男が一歩前へ進み出た。
「お久しぶりでございます、陛下。まさか陛下御自らにおいでいただけるとは」
「こちらも最高位の神官であるそなたが直接出迎えてくれるとは思っていなかったがな」
男の皮肉めいた物言いに、リューイは軽く応えた。
リューイの後ろに控えているセレイナは、神官たちの憎しみがこもった視線にも動じることなくまっすぐ男を見据えている。
男はリューイへの挨拶を済ませると、セレイナに視線を移した。
「これはセレイナ様。お久しぶりでございます。まさか貴女までいらっしゃるとは思っていませんでしたので、驚きました。お元気そうで何よりです」
「貴方も元気そうね、カイン」
セレイナは神官たちの前で、優雅に微笑んでみせた。
「何を抜け抜けとっ」
「国を裏切った身で、よくもここまで来れたものだなっ」
激昂した神官たちを、カインと呼ばれた神官が静かに窘めた。
「陛下の御前です。落ち着きなさい」
「しかし、カイン様っ……」
幾分年若い神官は不満気に声を上げたが、カインに横目で軽く睨まれると、口を噤んだ。
カインはリューイに向き直ると丁寧に頭を下げた。
「お騒がせいたしました。こちらとしても従わねばならないとはいえ、まだ受け入れられぬ者も多数おります。どうかお察し下さい」
「構わぬ。下手なことさえしなければ、こちらのことをどう言おうが私は気にしないのでな」
大らかに笑って言い切ったリューイを、神官たちは驚きの表情で見つめた。そんな周囲を一瞥して、リューイは神殿の中を指し示した。
「入っても構わぬな?」
「あ……はい、失礼いたしました」
慌ててカインはリューイたちを先導して中に招き入れた。
外観同様、中も白の石造りで、無駄な装飾のない質素な作りになっていた。
しかし、世俗とは切り離された、どこか神聖な空気が漂っている。
カインは案内しつつリューイを盗み見た。
おかしな男だ。
この大らかさは自信の表れなのだろうか。
彼の知る限り、こんな王に出会ったことは今までになかった。
しかし、と彼は気を引き締めた。
確かに彼らは破れ、この男の許に下った。
だが、この国は長い歴史を持つ神聖な神の国。
こんな者たちの好きにはさせない。ましてや、裏切り者の好きになど。
柔らかい表情の裏に固い決意を隠して、彼らはどこまでも白く清廉な回廊を進んでいった。
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