白の影 黒の光

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28

「そろそろ本題に入りましょうか」

 セレイナはさりげなく話題を変えた。
 カインは頷いてセレイナの向かいに座り、気づいたリューイも熱心に装飾を見ていた家具の側から離れて、セレイナの隣に座った。

「我々はある人物を捜しているのだ。その者について知っていることがあったら、包み隠さず教えてほしい」
「ある人物、ですか」

 首を傾げたカインに、リューイは鷹揚に頷いた。

「とある娘だ。名を、サリア、という」

 サリアの名を聞いた途端に、カインの顔色が変わった。

「サリア、ですか?」

 わずかに声が震える。

「そうだ。そなたも知っているだろう」
「確かに、存じ上げておりますが……」

 カインは歯切れ悪く頷いた。ちらりと向かいのセレイナを窺うと、彼女も平静を保とうとしているらしいが、きつく握った両手に動揺が現れている。

「……そういえば、ここ一月ほど姿を見ておりません」

 カインは言葉を濁してそれだけ答えた。
 セレイナがサリアのことをどこまでリューイに話しているのか判断できなかったからだ。
 カインの答えに、リューイはため息をついて足を組んだ。

「そんなことは分かっている。姿を見た者は誰もいないのだな?」
「はい」
「では、あの日は?」
「あの日、とは……?」

 眉を寄せたカインに、リューイは何事もなかったかのように言った。

「ディオグランがアルスフォルトを堕とした日だ」

 一瞬、何を言われたのかわからなかったカインは、言葉の意味を理解すると、ぎり、と奥歯を噛み締めた。
 まるで他人事のようにあっさり言ったリューイを思わず睨んでしまう。
 だがリューイは気にも留めずに続けた。

「あの日、サリアという娘が姿を消した。このセレイナの目の前で、な」

 リューイの口から突然自分の名前が飛び出し、セレイナはビクリ、と身を震わせた。

「そなたはあの日、サリアを見たのか?」
「……見て、おりません。あの日は、神殿中が混乱しておりましたので」

 カインはやっとそれだけを答えた。



 本当は、違う。
 カインはあの日、サリアを見ていた。

 あの日、あの混乱の中、セレイナの部屋に向かおうと人が溢れた回廊を走っていたとき。


 おぼつかない足取りでひとり回廊の隅を進む見慣れた少女。
 幼い日に両親の元から神殿へと引き取られて育った少女を、セレイナ同様にカインも実の妹のように可愛がっていたのだ。

 その少女が、皆が逃げ惑うなかで戦いの渦中にある神殿の奥に向かっていた。

 まだ逃げていなかったのか!?

 驚いたカインは、青ざめた少女がますます戦いが激しくなっている神殿の奥深くに進んでいるのを見て、慌てて後を追おうとした。
 しかし、溢れだした人波が彼の行く手を塞いでしまい、回廊の反対側に出たときには彼女の姿を見失ってしまっていた。
 それから彼は、この混乱の中で少女一人を見つけ出すのは不可能だと判断して、当初の目的であるセレイナの元へと向かったのだ。
 ディオグランに攻め込まれたこととサリアを見失ってしまったことをセレイナに相談しようと思っていたのに、セレイナの自室に彼女はおらず、一人でサリアを捜そうと回廊に戻った時にディオグランの兵士に見つかって捕らえられてしまった。


 神殿の中でもセレイナに次ぐ実力者であったカインは、すぐに殺されるということはなく、兵士に捕まった後は神殿で軟禁されていた。
 監視をしている兵士にそれとなくサリアの容姿を伝え、彼女らしき少女を見なかったか訊ねても、色好い返事はなかった。


 姿を消したセレイナと、見失ってしまったサリア。
 捕虜となった自分と、攻め堕とされたアルスフォルト。


 このときのカインは、不安と絶望に押し潰されそうになっていた。
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