白の影 黒の光
29
どうしてこんなことになったんだろう。
アルスフォルトは神が創った最初の国。神が降り立った神聖なる地。
その国が、神に守られているはずの国が堕ちた。
あんなに敬虔に神を信じ敬ってきた民を、神は守って下さらなかった。
あの夜、窓から見た景色を思い出すたびに、体がひとりでに震える。
血の赤と、炎の赤。
断末魔の叫び声。
これが神の定めた運命なのか?
抗うことのできない道なのだろうか。
そんなはずはない。神を敬うこの真摯な心が、神に届いていないはずがないのだ。
カインはあの日から抱いていた疑問を自問自答していた。
決して答えは出ない。それでも彼は自分なりの答えを出した。
それは、決して正しくはないだろう。
でも、今のカインにとって、一番大切なのは民の命。力なき民を守る。それができるのは、きっと自分だけなのだ。
カインは、あの日見たサリアの姿を思い出していた。
青ざめた頬。今にも泣き出しそうな表情。いつもの、見ている者の心が暖かくなる穏やかな微笑みは、見る影もない。
彼女を守ってあげられなかった。
女の身で、一人戦場と化した神殿の中で、どんなに不安だっただろう。
あの後、いくら探しても少女の姿はどこにもなかった。きっともう、この国にはいないのだろう。
そんなサリアを探しているという、目の前の男。
ディオグラン国王。
彼が直々に出てきたとなると、重大な何かがあるのだろう。
国を裏切ったセレイナまで出てきたとなると、事態は自分ではどうにもできないほど大きいものなのかもしれない。
それでも、彼は退くわけにはいかなかった。
見つけ出してあげられなかったサリアに対する償いは、これしかない。
今、ここでサリアを守れるのは、自分しかいないのだ。
決してもう、何も失わせない。
彼らの手に、サリアは渡さない。
相手は国王。でも、カインは怯む気配を見せなかった。
「見ておりません」
強い口調で言い切るカインを、リューイは面白そうに眺めた。
「……確かだな?」
「はい」
しばらく二人は睨み合った。
沈黙を破ったのは、リューイ。
「……いいだろう。そなたの言葉を信じる」
「陛下!?」
セレイナが驚いて声を上げた。
「よろしいのですか!?」
「仕方あるまい。見ていないと言うのだからな」
リューイはため息をつきながら立ち上がった。
「ですが……」
渋い表情のセレイナを一瞥して、リューイは声を落とした。
「そなたは引き続き娘の行方を探せ。私はしばらく休ませてもらう」
「陛下っ……」
セレイナの言葉を最後まで聞かずに、リューイは部屋を出た。
扉を背に、リューイは形のよい顎に手を掛けた。
見た目によらず強情そうな男だ。だが、嘘を吐くのには慣れていないらしい。
カインは、あの日サリアを見ている。姿を消す前の彼女を。
「まぁいい。……今のところは」
カインの答えは想定の範囲内。もとより彼に聞いたところでサリアの行方が分かるとは思っていない。
ただ、反応が見たかった。この神殿の人間たちにとって、彼女がどういう存在なのか。
ふと微笑むと、リューイは長い回廊を歩き出した。
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