白の影 黒の光

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30


「せっかくここまで来たんだし、『扉』でも見学させてもらおうかな?」

 きょろきょろと辺りを見回しながらいつもの口調で呟く。幸い、近くに人の気配はない。少しくらい気を抜いても平気だろう。

 リューイはぶらぶらと散策を始めた。
 静かな内部は、何人もの神職者がいるにも関わらず、まったく生活感がない。
 その新鮮な感覚を楽しみながら、一つ一つ部屋を覗いていく。
 何人かの人間に出くわしたが、末端にはリューイの素性が知られていないことが幸いして、誰にも咎められることはなかった。


 その時だ。

 リューイはひっそりとした佇まいの細い通路を見つけた。よくよく注意を向けていないと、うっかり見逃してしまいそうなほど、辺りの景色に溶け込んでいる。

「あからさまに怪しいなぁ」

 リューイはウキウキと呟いて、通路に足を踏み入れた。


 途端に、回りの空気が変わった。
 ひやりとした風が頬を撫でる。
 まるで、ここだけ世界が違うような錯覚。

「……へぇ」

 リューイは唇を歪めた。薄い笑みを浮かべたまま、歩みを止めずに進んでいく。

 細い階段に差し掛かった。明かりは足元だけで、先が見えない。闇に吸い込まれていくようだ。

 一歩踏み出すと、かつん、と高い音が反響した。

 しばらく進み、明かりを借りてくればよかったかと後悔しかけたとき、その部屋にに辿り着いた。

 目の前には扉だけ。
 リューイは何の躊躇いもなく、扉を押し開けた。


 吹き抜けの高い天井。
 真ん中に飾り気のない祭壇が一つだけ置かれた、殺風景な部屋。
 その奥には、薄い絹のカーテンが掛けられている。

 ……ここだ。


 直感的にそう思った。

 足を踏み出し、祭壇の奥に回る。カーテンの前で足を止め、彼はそっと絹に手を掛けた。
 思い切り横に引くと、さらさらとカーテンが揺れた。

 彼の目の前に現れたのは、装飾のない石の扉。
 取っ手には細かい紋様が彫り込まれた太い鎖が、幾重にも巻き付けられている。

「……やっぱり、ね」

 リューイは笑みを深めた。

 太古の昔に神々が通り抜けた「扉」。

「へぇ、けっこう普通なんだね」

 リューイは恐れることなくまじまじと「扉」を観察し始めた。
 どんな絢爛豪華な装飾が施されているのかと思いきや、何の変哲もない石造り。

 ふと取っ手に目を向けると、厳重に巻かれた鎖。
 おそらく「扉」を封印しているのだろうが、リューイはその鎖の真新しさが気になった。多分、最近付けられたものだ。

「最近鎖が外れるようなことがあった……ってことかな」

 鎖が外れたということは、封印が破れたということ。そして、それは。

「……『扉』が開いた」

 そして、少女が姿を消した。

「なるほどね」

 リューイは扉に手を伸ばした。

 触れる刹那――。

 バシッと大きな音がしたと同時に、手の甲に鋭い痛み。
 見ると、赤い傷が一筋走っている。

「……触れることすらできないわけだ」

 リューイは不快そうに呟く。まぁ、予想はしていたが。

 ……いったいサリアはどうやって封印を解いたのか。

「扉」を開いた、稀有なる娘。

 ……欲しい。その、「力」が。

 リューイは「扉」を睨み付けた。
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