白の影 黒の光

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33


 声が聴こえた。

 それは明確な言葉ではない。

 例えるなら、「想い」。

 強く、それでいてひどく切ない「想い」だった。


 だから、惹かれた。
 まるで引力のよう。


 あの想いに応えなくては――。
 そう、思った。



 ……ここに初めて来たときみたい。
 そう、サリアは思った。

 目が覚めて、最初に目に入ったのは天井だった。
 館で間借りしている、自分の部屋だ。

 サリアは瞬きを繰り返しながら体を起こした。

 どうしてここに?
 自分は庭を散歩していたはずだ。

「……いつの間に……」

 サリアは目覚める前の行動を思い返してみた。

「……確か、気分転換に庭を歩いていて……」

 そして、裏庭に回ったところで……。

「……裏庭に回って……」

 サリアはそこから先の記憶が曖昧になっていることに気づいた。

「……どうして……? 思い出せない……」

 焦りながらもサリアは再びゆっくりと記憶を辿った。

「……裏庭に行って……そうだ、森を見て……」

 それから。

「……声」

 サリアはほとんど無意識に呟いた。

 その瞬間。

「い……っ」

 ずきり、と頭に鈍い痛みが走った。

 額に手を当て、きつく目を閉じて痛みに耐えていると、微かな足音とともに扉が開いた。

「……どうした!?」

 入ってきたリオは、ベッドでうずくまるサリアを見て、あわてて駆け寄ってきた。

「頭が痛いのか?」

 リオの問いかけに、痛みが治まってきたサリアは息も絶え絶えに頷いた。

「……大丈夫です……治まりました」
「……まだ休んでいろ」
「でも、もう本当に大丈夫です」
「……お前は庭で倒れたんだ。もう少し休んでいた方がいい」

 リオは息を整えているサリアを優しくベッドに押し戻した。
 戸惑いつつサリアは大人しくベッドに横になり、リオはそれを見届けてからくるりとサリアに背を向けた。
 こっそりと覗き見てみると、彼は部屋の中央に置かれた丸テーブルの上にティーポットやカップを広げている。
 どうやらお茶を淹れてくれるようだ。


 ……そういえば、初めて会ったあの日も、彼は温かい飲み物を淹れてくれた。
 本当に、あの日の再現のようだ。

 ぼんやりと眺めていると、ふわりと甘い香りが漂ってきた。

 リオはこぼさないように慎重にカップを運び、サイドテーブルの上に置いた。

「……飲めるようだったら飲むといい」

 ぶっきらぼうにそう言うと、テーブルの上に広げていたティーポットを手際よく片付けて、サリアがお礼を言う暇もないほど素早く部屋を出ていった。

 サリアはしばし呆然とリオが出ていった扉を見つめていたが、やがてゆっくりと体を起こし、カップへと手を伸ばした。

 白い湯気をたてている金茶のお茶を一口含むと、体中に暖かさが染み渡っていくようだ。

 ほっ、と体から力が抜けて、今まで体が緊張していたことに気づいた。
 知らないうちに体が固まっていたらしい。



 おぼろ気な記憶。
 微かに聞こえた声。

 確かにあのとき、誰かに「呼ばれた」。
 そして、意識を失った。


 ブルッと体に震えが走り、サリアはカップを握りしめた。

 ……何も考えたくない、今は。

 サリアは窓の外に広がる森に背を向け、目を閉じた。
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