白の影 黒の光

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34

 サリアが目覚めた。

 しかし、様子がおかしい。

 目覚めた頃かと部屋を訪ねてみたら、彼女は頭を抱えてベッドにうずくまっていた。
 大丈夫かと訊ねたら大丈夫だと答えていたが、その表情は弱々しかった。

 どうやらあの時のことを思い出そうとすると頭痛が起こるらしい。


 あの時。

 何かが彼女を「呼んだ」。

 それはとても強い「想い」で、彼女はそれに引きずられた。

 彼女を呼んだ「声」は、「扉」の向こうから聞こえてきた。

「扉」の向こう――彼女がいた世界だ。
 彼女の元いた世界で、何かが起こっている。

 いや、誰かが何かを起こそうとしているのか。

 神の意思に背き、世界の変革を望む何者かが。


 あれほど強い「想い」なら、またサリアは「想い」に引きずられてしまうかもしれない。
 そして彼女は「扉」を開いてしまうだろう。

 そうなってしまえば、もう元に戻すことはできない。


 早く。
 そうなる前に、早く確かめなくては。

 今、二つの世界で何が起きようとしているのかを。

 それが「監視者」たる己の役目。

「扉」を開き、向こうの世界に渡る。
「扉」を開いてしまうかもしれないサリアを一人残しては行けないから、彼女も連れて――。


 そこまで考えて、リオはふと思い出した。

 出会ったあの日、彼女は気を失ったままうなされていた。

 間違いなくこちら側に来る前に彼女の身に何かがあったのだろう。

 そんな場所に彼女を連れていっていいのだろうか。
 あんなに怯えていたのに。

 それに、彼女は帰りたいのだろうか。
 ここに来てもう一週間になるが、いつ帰ることができるのか分からないのに彼女が国を懐かしんだり帰りたがる素振りを見せたことは一度もなかった。

 もしかしたら、彼女は帰りたくないのかもしれない。
 あんなに怯えていたのなら、無理もないが……。


 しかし、ここに置いていく訳にもいかない。いつまたあの「声」が彼女を呼ぶかわからないのだ。


 帰りたくないのだとしても、仕方がない。一人にできないのなら、連れていくしか……。
 嫌がられたら何とか話をして、分かってもらうしかない。

 ……冷たい男だと思われても、事情が事情だ。


「……とりあえず、話してみなければな」


 今しがた出てきたばかりの彼女の部屋に再び向かおうとして、踵を返した。

 しかし、どうしても一歩を踏み出す気になれない。
 動くなら早い方がいい。
 彼女がここにいなければ、「想い」に引きずられて「扉」を開くこともない。
 全てを確かめるためには、自分と一緒に行動していたほうが安全だ。


 ……分かっているのに、足が動かない。
 まるで、考えとは裏腹に気持ちが拒否しているようだ。

 ……まさか怖れているのか?

 彼女の絶望に染まる表情を見ることを。

 そして、その気持ちに気づいた己自身に驚いた。

 

「……訳がわからん」

 リオはその場に立ち尽くしたまま、茫然と呟いた。
 まさしく彼の感情を正しく表現した一言だ。

 彼女と出会ってから、理解できないことをグルグルと考えていることが多くなった。考えなくてはいけないことが他にあるというのに、気づくと彼女に関することを考えている。

 リオは今まで抱いたことのない不可思議な感情を持て余していた。


 それすらも、変化の兆しであることに気づかずに。
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