白の影 黒の光

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04

「扉」が開かれた。


 青年は顔を上げた。
 そのまま立ち上がると、反動で座っていた椅子が派手な音をたてて床に倒れ込む。
 しかし彼は気にする様子もなく、素早く踵を返すと足早に部屋を出た。
 灯りのない真っ暗な廊下を進むと、吹き抜けになっている玄関のロビーに突き当たった。
 玄関の扉は、青年の背丈の二倍はあろうかという大きなもので、それだけでこの館がいかに大きなものであるかが分かる。
 青年は片手で扉を押し開け、外に飛び出した。


 館の周りを囲んでいたのは、先が見えないほど生い茂った緑の森。鬱蒼として一歩でも足を踏み入れれば、途端に迷い込んでしまいそうだ。

 青年は真っ直ぐ森に入った。右を見ても左を見ても同じような景色が広がるなかを、迷いなく足を進めていく。
 森の中に生き物の気配は全くなく、彼が草木をかき分ける以外に音もない。


 不気味なほど静まりかえった森の中をしばらく進むと、やがてぽっかりと視界が開けた。

 鮮やかな青。

 そこは小さな泉だった。 

 青年は少し離れた場所で立ち止まり、腰に手を掛けた。青年の手に小さな金属当たり、しゃら、と涼やかな音をたてる。
 辺りに気を配りながら注意深くそれを腰から外すと、手のひらの上に載せてまじまじと見つめた。

 それは銀細工の小さな二本の「鍵」。
 持ち手の先にそれぞれ違う紋章が彫られている。

 青年は二本の鍵を握りしめた。


「鍵」は二つとも彼の手の内にある。これがなくては「扉」は開かないはず。

 一体誰が。


 途端に泉の水面がさわさわと揺れ始め、彼は泉に目を戻した。

 風は全くない。森の中も静かなままだ。

 しかし水面だけが風に煽られて波紋を広げている。

 目を見張る青年の眼前で、泉の水が下から押し上げられたように盛り上がった。
 泉の水は隙間から目映い光を発しており、その光が水を押し上げているようだった。

 いや、正確には光を纏った「何か」だ。

 青年の視線の高さにまで立ち昇った水は重力に従って滑り落ちてゆき、光は徐々にその明るさを失っていった。
 
 歪な形をしたそれは、よくよく目を凝らすと横たわる人影で、青年よりも一回り以上小さい。
 泉の中央から引き寄せられるように青年の前まで移動すると、ゆっくりと地面へ降りていった。


 地面に横たえられた人影は長い金色の髪に細い手足の、恐らく十代半ばの少女であった。

 青年は信じられない思いで気を失っているらしい少女を見下ろした。

「鍵」を使わずに「扉」を通り抜けた少女。
 そんな人間が存在するなど、聞いたことがない。
 


 しばらく様子を見ていた青年は、少女がぴくりともしないことに段々不安になり、屈んで口元に手を近付けた。
 掌に呼吸を感じ、ほっと安堵の息をつく。
 しばらく躊躇したのち、少女の体を恐る恐る抱き上げる。
 予想外の軽さに狼狽えたが、やがて諦めたように溜め息をつき、館に戻る道を歩き始めた。
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