白の影 黒の光

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40

「はいよ、今朝の分」

 言葉と共に青年の目の前に置かれたのは、麻の袋。
 口が完全に閉まりきらないほどに詰め込まれた袋を見て、彼はどんよりとため息をついた。

「……今朝もご盛況なことで」

 普段なら明るく弾んだ声で話す青年のうんざりとした声音に、袋を置いた同僚は苦笑いを溢した。

「まぁ仕方ないだろう、何せ神殿の最高責任者様だからな」

 青年は眉を逆ハの字に下げたまま、恐る恐る袋の口を開いて中を覗き込んだ。

 想像通りの詰め込み様に、もはや乾いた笑いしか出てこない。
 頼みの綱、と傍らにいたはずの同僚を見上げるが、時既に遅し、彼は仕事が終わったとばかりに既に部屋の入り口まで移動していた。

 あまりの行動の素早さに青年がぽかんと間抜け面を晒していると、部屋を出る間際に思い出したように振り返り、ニヤリと笑った。

「それ終わるまで朝飯なしだからな」

 数秒後、廊下にまで響き渡る叫び声に同僚が笑い声を上げたのを、青年は知るよしもなかった。



 アルスフォルトに到着してからというもの、これがある一室の日常と化している。

 青年は諦めたように再びため息をつき、袋を引き寄せた。結構な重量があるそれを、机の上で豪快にひっくり返す。
 バサバサ、と紙にあるまじき重量感のある音を立てて散らばったのは、簡素に二つ折りにされたものからきちんと封蝋が押されたものまで、幅広い意匠の手紙だった。

 こんもりとした手紙の山を無理矢理机の左半分に押しやり、そこから取り敢えず一掴み取りだした。
 空いた右半分のスペースにそれらを広げ、右に寄せた椅子に窮屈そうに腰掛ける。
 何かをするにつけて零れそうになるため息を堪えて胸ポケットから取り出したのは、ペーパーナイフ。
 青年は目の前に広げた手紙たちに、慎重にペーパーナイフを入れていく。
 ピリピリと乾いた音を立てて開いた封筒から、中身を取り出して内容に目を通す。
 読み終わると封筒に戻し、足元に置いた籠に放り込む。そして次の手紙を手に取り、同じように中身を確認し、籠に入れる。

 いわゆる、検閲だ。

 これが、この国に来てからの青年の仕事だった。

 手紙の宛先は全て同じ、神殿の最高責任者である人物――「カイン」。

 彼に宛てられた手紙に不審な点がないか、謀反の動きがないかを監視するのが、青年に与えられた役目だ。


 青年の名は、ラウルという。歳は22だが、赤茶色のくせっ毛と鳶色の大きな瞳が彼を実年齢よりも幼く見せている。

 彼はディオグラン王国がアルスフォルトに攻め入る半年前に軍に入隊した新参者だ。その新参者がなぜ検閲などという重要な役目を任されたのかというと、それは単に彼の人柄にあった。

 とにかく、人懐っこいのだ。老若男女誰にでも。それはもう、軍の上層部の人間からも可愛がられて、この仕事を与えるほどに。

 手紙の山が残りわずかになった頃、ラウルは肩を叩きながら立ち上がった。ずっと同じ姿勢でいたので、肩が凝り固まっている。


 検閲は一日三回、朝昼晩に行われる。朝はこの程度で済んでいるが、昼になるともっと酷い。麻の袋がパンパンになった状態で三つ寄越されるのだ。つまりは、三倍。

 今から憂鬱になってくるが、それよりも他人の手紙を覗き見ている罪悪感の方が、より強く疲労を誘っていた。

 とは言え、自分が望んだことだ。「彼」の役に立ちたいと、話があったときに断らなかったのは自分だ。

 重い息を吐いて再び椅子に座り、作業を続ける。

 ギリギリ朝食には間に合いそうだ。
 検閲の仕事を始めてから何度も朝食を摂り損ねた経験のあるラウルは、ホッと安心した。空腹で昼まで待つのは、青年期である彼にはとてつもなく辛い。

 最後の一通を籠に放り、ラウルは机の上の方に纏めていた数通の手紙を、素早く麻紐で束ねた。
 ラウルが判断できなかった手紙は、彼の上司に任せることになっている。
 束ねた手紙を籠に入れ、彼は上司に仕事の完了を報告すべく籠を抱えて部屋を後にした。
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