白の影 黒の光

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44

 それはラウルが17になったばかりのことだった。

 カインに出会って以来、父親の商売を手伝う片手間にいろいろな国を巡っていたラウルは、その日一ヶ月ぶりにディオグランの我が家に戻ってきていた。

 父に頼まれていた商談は上々の出来で、大口ではないが信用ある名家との取引を無事に終え、ラウルの両親は大喜びだった。

「どうだラウル、この商売もなかなか面白いもんだろう」
「まぁ面白いとは思うけど」

 酒も入って上機嫌な父に言葉を濁して答えながら、ラウルは久々の母の料理に箸を付けた。
 父の商売を継ぐかどうかは、まだ決めていない。
 もっといろいろなものを見てみたい。それが正直な気持ちだったが、いざ両親の前では、それを告げることができなかった。
 道が開けたとあの時カインは言ってくれたが、何かが見つかったわけではない。でも、ラウルに不安はなかった。今の彼は、どんなことにでも挑戦できる気分だった。

 彼には「家」があったから。たとえ失敗しても戻ってこれる場所があるのだから。


 その考えこそが「甘え」だったのだと、すぐに思い知った。

 すべてをなくして、道すら選べなくなってしまってから、自分がどんなに恵まれていたのかを痛感した。



 夕食を終え、家族と談笑していた穏やかな時間。

 それは突然だった。

 にわかに外が騒がしくなったと思った瞬間、玄関の扉が荒々しく開かれたのだ。

「何だ!?」

 父は驚いて立ち上がり、母はおびえた表情で父の背後に隠れた。

「ディオグラン軍の者だ」

 断りもなく家に上がりこんだ人物は、銃をラウルの父に向けて無表情にそう言った。

「軍の方がこんな時間に一体何の用です?」

 母を背後に庇ったまま、父は努めて冷静に訊ねた。

「貴様に謀反の嫌疑が掛かっている」

 耳を疑った。
 謀反? 父が? 何のために?

 呆然としているラウルは、父が次々と部屋に踏み込んできた数人の兵士に縛り上げられてから、ようやく我に返った。
 慌てて父を拘束している兵士の一人に掴み掛かった。

「待ってください!! 何かの間違いです!!」
「何だ、こいつは」

 兵士は乱暴に腕を振り払い、その拍子に床に倒れたラウルに銃口を向けた。母の悲鳴と、父の怒声がラウルの耳を打った。

「やめろ!! 家族に手を出すな!!」

 だが兵士は薄笑いを浮かべただけだった。

「ならば大人しく我らに従うんだな。用があるのは貴様だけだ。無駄な抵抗をしなければ家族の安全は保障してやる」
「そんな……!!」

 母は悲痛な声を上げたが、父は苦しそうに眉を顰めて頷いた。

「わかった……。だから、家族には手を出さないでくれ……」
「あなた!!」
「父さん!!」
「大丈夫だ、心配するな。すぐに戻る」


 ラウルの父は、彼と母に笑いかけ、兵士に連れられて家を出て行った。
 そしてそれが、ラウルが父を見た最後になった。



「罪を認めたため、処刑された」

 ラウルたちの元に届いたのは、その一通の封書だけだった。

 亡骸すら彼らの元に帰ってくることはなかった。

 ラウルの父の罪状は、当時国王に即位したばかりであったリューイの義弟・レナードへの献上品に毒針を仕込んだ、というものだった。

 もちろんラウルたち家族は、父の無実を信じた。父を古くから知る人たちも、何かの間違いだと言ってくれた。
 だが、実際に父が処刑されたと知ると、彼らは皆一様にラウルたちに背を向けた。
 知人たちの変わりようも仕方のないことだった。軍に逆らうことは、この国では死を意味する。誰でもわが身がかわいいのだ。
 それは理解していたが、感情は別だ。
 絶望してしまったラウルの母は、父の処刑から間もなく、自ら命を絶った。


 そしてラウルは一人になった。

 全てを失うにはあまりにも唐突過ぎた。


 そして思い知ったのだ。いかに自分が「甘え」ていたのかを。
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