白の影 黒の光

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48


 カインに会いに行く日、リオはサリアにある提案をしていた。


「一人で……ですか?」

 戸惑うサリアに、リオは頷いた。

「神殿の最高責任者の講話となれば、軍の監視が付くだろう。そこにお前が行くのは危険だ。街で話を聞いたばかりだろう」

「そう……ですけど……」

 サリアは街を歩いているときに聞いた、人々の話を思い出した。

 15、6の金髪で青い瞳の少女を探している。

 そんな噂だった。

 街の人々にサリアの名前までは知られていなかったが、セレイナが裏切ったことを考えると、ディオグラン軍の人間には名が知られてしまっているだろう。

 そんな状況下で軍人の監視がある場所に行くと、見つかってしまう可能性が高い。
 一方のリオは、こちらの世界に知り合いが全くいない。顔が知られていないのだ。

 危険性を考えれば、リオが一人で行くのは道理だった。

「わかりました……。それなら」


 サリアは頷いてテーブルに向かった。
 テーブルの上には宿備え付けのメモ帳とペンがあり、彼女はそれを手に取るとメモ帳にペンを走らせた。

 書き終わるとそれを丁寧に四つ折りにして、リオに手渡した。

 リオは渡された紙片をしげしげと眺め、サリアに訊ねた。

「これは?」

「軍の目があるならばお話をするのは難しいでしょう。だから、それをカイン様に渡してください。それをカイン様がご覧になれば、すぐに私からだと分かると思います」

「わかった。必ず渡す」

 リオは真剣な表情で頷き、紙片を大切そうにポケットにしまった。

「講話には毎回たくさんの方が来ます。カイン様に声を掛けられる機会はそうそうありません」

「近くには監視もある。手紙を渡すだけで精一杯だろうな」

「私からだと気づいてもらえれば、何らかの連絡を下さるはずです」



 リオがポケットをもう一度確認したところで、街中に鐘が響いた。

 神殿の鐘だ。

「……時間だな。行ってくる」

「お気をつけて」

 心中の不安を拭えないまま、サリアは戸口までリオを見送った。

 暗い表情のサリアを見て、リオは自然と右手を持ち上げて彼女の頭をポンポンと撫でた。

 驚いて顔を上げたサリアと目が合うと、リオはできるだけ優しい声音で言い聞かせた。

「……大丈夫だ。手紙を渡すだけだろう。無茶はしない」

「……はい」


 ようやく少し安心したようだ。
 リオもホッと肩の力を抜いた。

「いってらっしゃい」


 サリアに見送られて宿を出たリオは、街を散策したときにサリアに教えられた道順を慎重に辿りながら街の人々の様子を観察していた。

 皆いつもより表情が明るい。

 講話がある日は活気があるのだとサリアが言っていたことを思い出す。


 講話が開かれる広場には、すでに多くの民が集まっていた。

 以前の最高責任者は別の人物だったらしいが、その地位に就く者が代わった今でもこうして人々が集まるのは、アルスフォルトの国民が神殿を信頼している証なのだろう。

 この国の人々は、余程神殿を心の拠り所としているようだ。


 リオは何食わぬ顔で人の群れに混ざり、講話が始まるのを待った。
 老若男女、国に住む多くの人々が雑談に花を咲かせている。

 今日ばかりは店も学舎も休みだというこの国では、救いは神殿に、そして神官たちにあるのだと信じられている。


 神という存在を当たり前のように知るリオにとっては、新鮮な驚きだった。
 信仰を支えに生きている人間が、こんなにもいるのだと。



 いくらも待たないうちにざわめきが大きくなり、皆が中央に備え付けられた小さな机が一つだけ置かれた台に注目している。

 ようやくお出ましのようだ。

 一度は鎮まった緊張感が再び沸き上がってくる。

 チャンスは一度だ。
 この機を逃せば、次の講話まで待たなければならない。

 サリアが追われる身である以上、なるべく時間はかけたくない。

 一つの場所に長く留まると、それだけ気づかれる危険性も高くなる。
 宿の人間が彼女に気づいたら、彼女は軍に捕まってしまう。
 それだけは、何とか避けなくてはならない。


 歓声が一際大きくなった。

 考えに耽っていたリオは、ハッと顔を上げた。

 人々の声に迎えられ静かに段を昇るのは、灰色のローブを着た青年。

 
 リオはまっすぐに彼を見据えた。
 世界を知る、その手がかりになるであろう、その人物だけを。
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