白の影 黒の光

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51


 宿に戻ったリオは、出迎えたサリアに小さな紙袋を渡した。

「これは?」

「土産だ」

 それだけ言ってリオは部屋に入り、椅子に腰掛けた。
 サリアは戸惑い気味に袋とリオを交互に見ていたが、リオがこれ以上何も言いそうにないと分かると、恐る恐る袋を開けた。

 ふわりと広がる香ばしい甘い香り。
 中には丸く平べったい小さな焼き菓子がたくさん入っていた。

「これ……」

 それはサリアも知っているお菓子だ。
 蜜をかけて焼いてあるそれは昔からあるもので、アルスフォルトの子供たちが小さいころから食べる定番のおやつだった。もちろんサリアも小さいころから大好きで、神殿の神官たちは外に出るたびにサリアに買ってきてくれていた。

「懐かしい……」

 国を離れていたのはほんの数日のことなのに、とても長い間のことだったように感じる。
 小さいころの幸せだった記憶を思い出して、サリアの目に涙がにじんだ。


 講話の日、サリアは神殿に戻ったセレイナとよくこのお菓子を食べながら外の話を聞いたものだった。
 優しく微笑みながらサリアの頭をなでてくれたセレイナ。嬉しくなってセレイナに抱きついていた幼い自分。
 そこへカインがやって来て、三人で夕方になるまで話した。


 すべて、サリアが失ってしまったもの。


 紙袋からひとつ取り出して口に含むと、あのころと同じ、優しい味がした。

「おいしい……」

 そう呟くと、いろんな記憶と気持ちが溢れてきて、サリアは袋を抱きしめて泣いた。
 リオは声を殺して泣く少女を見てふと立ち上がると彼女の側まで歩み寄り、その華奢な体をふわりと包み込んだ。

 サリアは少しだけ驚いたように身を硬くしたが、すぐに体から力が抜けて、リオに身を預けて泣いていた。



 どれくらいそうしていただろうか。
 サリアが身じろぎして、リオは彼女から体を離した。
 サリアは少し恥ずかしそうに笑い、リオも微かに微笑んでいる。
 二人は部屋に備え付けのテーブルに移動し、皿にお菓子をあけてお茶の準備をし、久々にゆったりとした時間を過ごした。



 空が橙色に染まるころ、サリアがポツリと呟いた。
「……カイン様はお元気でしたか?」

「ああ。あの手紙がお前からだと気づいてもらえたと思う」

「そうですか」

「軍の監視は付いていたが、民とも自由に言葉を交わしていた。……優しい人だったな」

「カイン様には小さいころから良くしていただきました。優しくて温厚で、みんながカイン様を信頼していました。もちろん、私も」
 懐かしそうに微笑むサリアの言葉に、リオはただ黙って耳を傾けている。

「神殿の皆さんが私を可愛がってくださいました。そのなかでも、カイン様と……セレイナ様、が、特に妹のように接してくださって……」

 サリアが不自然に言葉を詰まらせる。リオは、それに気づかない振りをしていた。


「…………あの日、私には国が襲われることが分かっていました」

 静かに語られた内容に、リオは思わずサリアを見つめた。
 サリアは窓の外に目を向けている。横顔に、リオの視線を感じた。

「……国が炎に包まれる夢を見ました。そしてそれはすぐに現実になった」

 今にも泣き出しそうだったが、一言一言、言葉を選びながら語られるのは、初めて知る、少女の真実。

「国も民も私も、いろんな人がすべてを失いました。でもみんな、ちゃんと自分の足で立ち上がって歩いている。だから私も、前に進まなくちゃいけないんです」

 震える声。
 リオは泣くだろうかと思ったが、サリアは泣かなかった。

 そうだ。前に進まなくては。
 サリアは深呼吸をしてリオに向き直った。


 この人は、信じられる人。
 出会ったときに感じた直感は、間違っていない。

 この世界に帰ってきて宿を取ったとき、彼が世界を知りたいと言っていたことを思い出した。そして自分は、その手助けをしたいと思った。

 だから、話そう。この国のことを。そして、自分のことを。

「聞いて、くれますか?」
 懇願にも似た願いだ。
 リオは、サリアを見つめたまま頷いた。
 リオが頷いてくれたことにほっとして、サリアは立ち上がった。

 窓に歩み寄り、外を眺める。

 色々な音が聞こえる。
 笑い声、足音、人々が生活する音。
 橙色に染まる石造りの街並みが、サリアの背中を前へと押してくれている。

 少女は沈みそうになる気持ちを奮い立たせて、静かにあの日の出来事を語り始めた。
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