白の影 黒の光
52
「始まりは、私が物心ついたときからでした」
ゆっくり暮れていく空を見つめながら、サリアは静かに言った。
「私の両親は、アルスフォルトの生まれではありませんでした。父は貧しい農家の息子、母は裕福な商家の一人娘。そんな二人の恋愛が許されるはずもなく、二人は駆け落ちしてこの国に来たのだそうです」
神官たちが聞かせてくれた両親のこと。
サリアは、自分の両親についてその程度のことしか知らない。
若い二人を、街の人々は暖かく迎え入れてくれたのだという。
そして間もなく、サリアを授かった。
お金もなく、貧しい暮らし。でも、二人は幸せだった。
そして、すぐにその幸せは、崩れ去った。
「あの人、かわいそう」
泣きながら言うサリアに、母親は訳を訊ねた。
「だって、黒いものがたくさん周りに浮いているよ」
そう言ったときの母親の表情を、サリアは今でも覚えている。
目を見開いて、言葉を失った母親の顔。
それから間もなく、その人は天に召されていった。
母親は泣きながらサリアを叩き、怯える娘に気づいて、また泣きながら彼女を抱きしめた。
「どうしてあなたもなの?」
そう言って、泣いていた母親。
ああ、私が悪いんだ。あれは、言っちゃいけないことだったんだ。だから、お母さんは悲しんでいるんだ。
そう思ったサリアは、それから何かが見えても何も言わなくなった。
自分にしか見えていないということにはすぐに気付いた。
黒い影が見えている人に、平気で近寄って行く街の人々。
サリアは怖くて、近寄ることすらできないのに。
それから一年ほどして、変化は訪れた。
その日、サリアはいつものように自分の部屋のベッドで眠っていた。
うっすらと目を開けると、サリアの周りには自室ではない風景が広がっていた。
きちんとベッドに入ったはずなのに、どうしてここにいるのだろう。
サリアは首を傾げた。
そこは、よく一緒に遊んでいた友達の家の前だったのだ。
こんな夜遅くに家を出てしまうなんて、お父さんとお母さんに叱られてしまう。
サリアが急いで自分の家に帰るべく踵を返したとき。
かすかに焦げ臭い匂いを感じた。
振り返ると、友達の家の窓から、赤い光が漏れている。
誰か起きているのだろうか。
今は月が空の天辺に出ている真夜中だ。
不思議に思ったサリアは、こっそりと窓から家の中を覗いた。
どうして気付かなかったのか。
サリアは目を疑った。
家の中は、炎で真っ赤に染まっていた。
焦げ臭い匂いは、煙の匂いだったのだ。
大変だ。
こんな夜中では、きっと友達は眠っている。早く起こして知らせないと、火が回って逃げられなくなる。
サリアは周りを見回し、取りあえず大人に知らせようと向かいの玄関の扉を叩いた。
「誰か助けて!! 火事です!!」
必死に叫んでも、家の明かりは灯らない。
近くの家々すべてに助けを求めても、誰一人姿を見せなかった。
「どうして……」
サリアは息を切らせながら家の前まで戻ってきた。
もしかしたら、もう逃げてるかもしれない。
不意にそう思ったサリアは、再び窓から中を覗いた。
逆巻く炎の向こう側に見えたのは。
泣き叫ぶ友達の姿。
サリアは、声にならない悲鳴を上げた。
「お願い、誰か、助けて!!」
その悲痛な声だけが、暗い夜空に吸い込まれていった。
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