白の影 黒の光

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54


 友達の夢を見て以来、サリアは時折同じように未来の出来事を夢に見るようになった。


 もちろん、悲しい結末の夢を見ることもある。
 なんとか未来を変えようとするものの、所詮は子供のすることだ。大したことは出来ない。
 正直に話しても、誰もサリアの話を信じてくれる人はいなかった。


 そして、夢の通りの結末を迎える。

 その繰り返しだった。


 私には、何もできない。

 運命を、変えられない。

 未来がわかるのに、それを変えることができない……。


 サリアの幼い心は罪悪感に苛まれていた。


「ごめんなさい、ごめんなさい……」


 泣きながら謝る彼女をいつも優しく慰めたのは、母親だった。

 母は、サリアの力を知って嘆き悲しんだあの日から、サリアを労わってくれていた。


 奇妙な力を持って生まれた娘。
 おかしな物を視るだけでなく、未来をも垣間見てしまう、その能力。
 悲しい結末にならないように奮闘するが、いつも未来を変えることができない。

 幼いながら傷ついている心。
 それが、可哀そうで仕方なかった。


 母は、ただ黙ってサリアを抱きしめ、髪を撫でてくれた。

 手を払われて以来、父親には近づいていない。

 父親が嫌いになったわけではない。

 ただ、自分が気持ち悪かった。

 こんな、おかしな力を持った自分が近づいたら、お父さんは嫌がるだろう。
 お父さんにこれ以上嫌われたくない。だから、近づかない。

 幼い頭で一生懸命考え、出した答え。


 いつしか家族は、バラバラになっていた。

 それが悲しくて、寂しくて仕方なかった。


 お母さんは、サリアに優しい。でもいつも悲しそうな、辛そうな顔をしている。


 私が、いるから。
 全部、私がいるから、おかしくなった。

 私にこんな力がなかったら、お父さんもお母さんも悲しいことなんてなかった。辛いことも、なかった。


 全部全部私のせいだ。


 私なんて、生まれてこなければよかったのに。


 
 別れの日は、突然やってきた。

 神殿からの使いの神官が、サリアを迎えに来たのだ。
 不安そうに母親にしがみつくサリアを、母はしっかりと抱きしめ、神官の目から隠した。

 神殿に知らせたのは、父親だった。

「あなた、どうして!!」

 母親は泣きながら父親に問いかけた。
 父親は、苦しそうな表情で母を諭すように言った。

「私たちでは、もうこの子の面倒を見切れない。この子も、私たちといることが辛いだろう。私たちでは、この子の苦しみを分かってあげられない。でも、神殿の方たちならばこの子を救ってくれるかもしれない」

「そんな……!! 私たちはこの子の親なんですよ!! それなのに……!!」

「私だって辛いんだ……!!」


 父親の血を吐くような叫びを聞いて、サリアは心を決めた。

 泣き崩れる母親に、そっと抱きつく。

「お母さん、私、行くね」

 娘の言葉を聞き、弾かれたように顔を上げた母は、微笑む娘の表情にさらに驚いた。

「お父さんとお母さんが辛かったり悲しんだりするのは、嫌。だから私、行くよ」

「サリア……!!」

 母親はしっかりとサリアの小さな体を抱きしめた。
 母親に抱きしめられたまま、サリアは父親を見上げた。

 父親もまた、涙を流している。

「お父さん」

 そう呼び掛けると、父親は精一杯微笑んでサリアの頭を撫でてくれた。

「私のこと、嫌い?」

 父親は一瞬驚いたような表情を浮かべた後、妻と娘を力強く抱き寄せた。

「そんなこと、あるわけないだろう……!! 愛しているよ、私のかわいいサリア」

「よかった……」

 サリアは笑い、父親にも手を伸ばした。
 その手が振り払われることはなく、父親の大きな手が彼女を包んでくれている。

「神殿の方たちが、きっとお前を助けてくれる。だから、諦めないでくれ。いつかきっとお前を迎えに行くよ。そうしたらまた、お父さんとお母さんと三人で、幸せに暮らそう……」

 最後の言葉は涙で震えていた。だから、サリアも信じて頷いた。

 きっとまた、家族で幸せに暮らせる。

 その言葉を信じて、彼女は両親の元から離れていった。
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