白の影 黒の光

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55

「神殿の皆さんは私にとても良くして下さいました」

 サリアは窓から離れ、部屋のランプに火を入れ始めた。
 いつの間にか空は藍色に変わり、月が顔を覗かせている。

 リオは黄昏が去っていたことにようやく気付いた。

 部屋のすべてのランプに火が灯り、窓を閉めたサリアはベッドに腰を下ろした。

「当時の最高位の神官様は私の素性を詳しくは話さず、身寄りのない子として神殿で育てることになったと、それだけを他の神官の方々にお話になっていました。だから私は神殿で静かに過ごすことができたのです」

 当時を思い出しているのか、サリアの瞳はとても穏やかだった。
 幸せだったのだろう、とリオはぼんやりと思った。


「私の力のことを知っていたのは、全部で三人。当時の最高位の神官様と、リオさんが今日お会いになったカイン様。そして、もう一人」

 そこでサリアは言葉を区切った。

 無意識に手を強く握る。
 名を口にするだけなのに、動揺が蘇った。今までは躊躇いなく話せていたのに。

 リオは、やはり何も言わなかった。

 サリアは、「前に進む」と言ったのだ。ならば、どんなに時間が掛ったとしても待つ。
 彼女が、一歩を踏み出せるまで。


 サリアには分かっていた。リオが待っていてくれていることが。そんな人だから、話そうと思ったのだから。
 逃げてはいけない。
 前に進みたいのなら、悲しみも悔しさも幸せだったあの時の気持ちも、すべてを抱いていかなくてはならない。
 全部サリアの大切な一部だから。

 
 サリアはぎゅっと目を瞑った。
 大きく息を吐き出し、ゆっくりと瞬きする。

 彼女の目に映るのは、静かに彼女の言葉を待つリオの姿。

 嘘のように動揺が鎮まった。

 なんて不思議な人だろう。そう思って、サリアは少し笑った。

 口を開くと、するりと言葉が出た。


「先代の最高位の神官、セレイナ様でした」


 心が強くて優しくて、綺麗な人。

 初めて会ったとき、そう思った。

 名を呼んでくれる声もとても綺麗で、すぐに大好きになった。
 姉のように慕い、彼女も妹のように可愛がってくれた。

 信じて、いたのに。


「ある日夢を見ました」

 サリアはランプの炎を見つめた。
 橙色の光。

 でも、あの炎は違った。
 何もかもを燃やしつくす、紅。

「街が炎に包まれる夢。そして、それはすぐに現実になりました」


 信じたくなくて、走った。夢中になって走って、辿りついたのは、街を一望できる高台。

 視界いっぱいの街の景色に、夢で見た炎が重なった。
 泣き叫ぶ子供の声、逃げ惑う人々の悲鳴が、耳の奥に絡みついて離れない。

 声にならない悲鳴を上げた。


「……国が堕ちたあの日、私は神殿にいました。この日がついに来てしまったのだと、絶望感でいっぱいで、押しつぶされてしまいそうで。……誰かに助けてほしかった。だから、セレイナ様のところに行ったんです」

 扉の向こうで交わされていた会話。
 戦争の真実を、知ってしまった。

「信じたくなかった。何もかも。あんなに優しくて、民のことを想っていたセレイナ様が裏切ったことも、夢が現実になってしまったことも」

 混乱の中、神殿を彷徨った。
 どこに行けばいいのか、もう分からなかった。


「セレイナ様の部屋を離れた私は、『扉』のある祭壇までやってきました」


 どこでもいい。ここではない、何処かに行きたい。

 そう思って、「扉」に触れた。


「……そして私は、リオさんに出会いました」

 静かなる深淵の森で、二人は出会った。

 それが、彼女の真実。
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