白の影 黒の光
56
小鳥のさえずりとカーテンの隙間から覗く朝日の光。
サリアは身じろぎして瞼をゆっくりと開いた。
薄暗い部屋。夜に灯したランプは、とうに油が燃え尽きている。
ぼんやりとベッドの上に横になってそれを眺めていたサリアは、ふと隣のベッドにリオの気配がないことに気づいて体を起こした。
ベッドはもぬけのから。いつの間に部屋を出たのだろう。
眠りに落ちた記憶もなかったサリアは、茫然とベッドを見つめた。
サリアは毛布をどかしてベッドを下りた。
履物を履き、衣服を簡単に整える。
「リオさん、どこに行ったのかな……」
この世界に不慣れなリオが、案内もなく一人で街に出かけて、大丈夫だろうか。
カインの講話には一人で行ったが、それも事前にサリアが道順や周りの風景を丁寧に教えていた。
「大丈夫かな……」
サリアは心配そうに呟き、窓に寄った。
外を覗いたが、リオらしい人物は見当たらない。
出かけてから大分経つのだろうか。
眠っていたサリアには、リオの行き先などわからない。
ため息をついてベッドに腰掛けた。
自分一人しかいない部屋は、とても静かだった。
「呆れられちゃった、かな」
ぽつりと零した独り言が、思いのほか大きく響いた。
それが、サリアの思いを肯定しているようで、深く俯いた。
夕べ話したことは真実で、偽りはない。
リオの様子を窺いながら話す余裕はなかったが、少なくとも疑われてはいなかったと思う。
軽蔑されたのだろうか。
国が攻め落とされるを知っていたのに、何も出来なかった。
例え誰にも信じてもらえなくても、何か行動を起こしていれば失われなかった命もあったかもしれない。
それなのに、逃げてしまった。
悲しみも何もない世界を望んで、逃げてしまったのだ。
呆れられても仕方ない。
でも、どうしても話しておきたかった。
だれかに許してもらいたかった訳ではない。
罪が消えるなんて思っていない。誰もサリアの罪を知らなくても、一生を掛けて償っていかなくてはならないものだと思う。
その決意を確かなものにするために、罪を言葉にしておきたかった。誰かに知っていてほしかった。
そして、知っていてくれるなら、リオがいいと思った。
あの曇りのない美しい宵闇の瞳に罪で汚れた自分が映るのは辛い。それでも自分の行く道を、彼にずっと見ていてほしかった。
言葉を、決意を違えないために。
「……もう逃げないって、決めたんだから……」
呟いた声は震えた。でも、気持ちは揺らいでいない。
もうリオは、戻ってこないのかもしれない。
彼には、彼のすべきことがある。
軍に追われているサリアの存在は、邪魔で面倒なものだろう。
仕方のないことだと思う。
リオの邪魔はしたくない。
彼の立場を考えれば、離れなくてはいけない。
でも。
まだ、一緒にいたい。
矛盾する思考を抱えて、サリアはため息をついた。
こんな気持ちになったのは初めて。
「どうしたらいいんだろう……」
「何がだ?」
呟いた独り言に思いがけず返事が返ってきて、サリアは驚いて顔を上げた。
目の前には、首を傾げているリオ。
いつの間に。
考えに沈んでいたサリアは、リオが帰ってきたことにまったく気づいていなかった。
「どうした?」
ぽかんとしているサリアを見て、リオは眉をひそめた。
だが、サリアはひたすらリオを見つめているだけ。
「具合でも悪いのか?」
リオの気遣いの言葉も、耳に入ってこない。
帰って、きてくれた。
うれしい。
目の前に立つ彼の姿を見て、サリアは泣きたくなるほどうれしくなった。
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