白の影 黒の光

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06

 漆黒の髪と宵闇の瞳。
 その人はまるで夜空のようだった。
 
 瞳には何の感情も映っていない。
 整った容貌とガラス玉の瞳で、人形のように無表情。

 だが、不思議と怖くはなかった。

 見上げてくる少女に青年は手に持ったマグカップを差し出した。
 躊躇いつつ受け取った少女の鼻腔を甘い香りと柔らかく立ち昇る湯気がくすぐる。マグカップはほどよい温かさで、両手で包み込むように持ちかすかに微笑んだ少女を見て、青年は安心したように小さく息をついた。


 口をつけ、体に染み渡るような温かさをしばし楽しんだあと、少女はふと首を傾げた。


 知らない場所に知らない青年。
 しかも、いつの間にか自分はベッドの上。
 本来なら怖がるべき状況なのに、何故かすんなりと馴染んでしまっている。
 しかも渡された飲み物を何の躊躇いもなく飲んでしまった。


 少女は青年とマグカップを交互に見て、再び首を傾げた。
 彼が部屋に入ってきた時から警戒心はあまりなかった気がする。
 怖い人ではないと本能で見極めたのか、それとも気づいていないだけでとんでもなく混乱しているのか。


 一人で百面相をしている少女を、青年も不思議そうに見ている。

 ふと少女は自分が名乗りもせず礼も言っていないことに気付いた。
 見ると青年は少女が落ち着いたと判断したのか、部屋を出ていこうとしている。少女は慌ててマグカップを備え付けのサイドボードの上に置き、ベッドを降りた。


「あのっ」

 呼び掛けに、青年の手がドアノブに掛かる寸前で止まった。
 振り返り、宵闇色の瞳が真っ直ぐ少女を捉える。
 改めて正面から向き合うと、彼が綺麗な顔立ちをしていることがよく分かった。
 なぜか少し動揺してしまったが、少女は彼を澄んだ瞳で見つめた。


「あの……私を助けてくれたんですよね。それなのにお礼も言わないで……」

 一旦言葉を切り、少女は微笑んだ。

「ありがとうございました」

 青年の目がわずかに見開かれた。そんな表情をすると、人形のように感情のない顔が人間らしく見える。

「私はサリアといいます。あなたは……?」

 少女が名乗り訊ねると、青年は戸惑い視線をさまよわせた。
 少女は微笑んだまま答えを待っている。

 たっぷり時間をかけて躊躇ったのち、青年は小さな声で答えた。


「……俺はリオ。……リオ・アクロスだ」


 低く、落ち着いた声。
 感情の欠片もないが、拒絶の響きはなかった。


「リオ……さん」

 確めるように何度も呟く少女を残し、青年は踵を返して部屋を出ていった。

 少女はしばらくの間、青年が出ていった扉を見つめていた。
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