白の影 黒の光

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08

 見た目はどこからどう見ても普通の少女だ。

 しかし、この娘には「何か」がある。
 自分にしか開けられないはずの「扉」を開けたのだ。
 あの「扉」を開けるには「監視者」である自分が持つ「鍵」を使うしかない。
「鍵」を使わずに「扉」を開ける者がいるなどとは、彼が「監視者」となってから一度たりとも聞いたことがなかった。

 リオはちらりとサリアを見遣った。
 先ほどのリオの言葉に、すっかり考え込んでしまっている。不安気に、深海のように蒼い瞳が揺れていた。


「かぎ……?」
 サリアは首を傾げて考えていた。
 あの時、あの場にいたのは自分だけ。ということは、自分が「扉」を開いたのだろう。だが、どうやって?

 今のリオの話からすると、「扉」を開けるには彼が持つ「鍵」が必要らしい。
 しかし、「鍵」など使った覚えはないし、持ってもいない。

 あの「扉」を開けたとき、サリアの中には「逃げたい」という強い願望しかなかった。
 その想いで「扉」を開けたのだろうか。
 でも、何故?

 
 サリアの思考は堂々巡りを続けていた。考えてもなぜ「扉」が開いたのかさっぱり解らない。


 悶々と考え続けていると、すぐ側でため息が聞こえた。我に返り顔を上げると、渋い表情のリオがサリアを見下ろしていた。

「あの……すみません、私にも解らなくて……」

 済まなそうに肩を落とし素直に謝ると、再びリオはため息をついた。

「……解らないものは仕方がない」
 
 思いのほか言葉に責めるような色はない。サリアは気付かれないようにほっと息をついた。
 解らないのは本当だ。
 今までに何度か「扉」のある祭壇に出入りしたことはあったが、「扉」が彼女の前で異変を見せたことはなかった。というよりも、彼女の知る限り国が興って以降「扉」が開いたことは一度もなかった。

「とにかく、これからどうするか……」

 ぽつりとリオが呟いた。 眉間に皺を寄せている。 彼もこの事態に戸惑い、どうすればいいのか決めかねていた。
 なにせこんな状況は初めてのことだ。
 彼女を元の世界に帰さなくてはならないのだろうが、「扉」が開いてしまったことを考えると慎重にならざるを得ない。
 元の世界に戻ったとして、もしも他の者達に「扉」を開いたことが知られてしまっていたら、彼女を利用して「扉」を開けようとする輩が出てくるかもしれない。
 まだ今の段階では彼女が「扉」を開けたのかどうかは解らないが、解らない以上あらゆる事態を想定しなくてはならない。

 自分は「監視者」なのだ。
 世界の秩序と均衡を監視し、「二つの世界」が接触してしまうのを避けなくてはならない。
 そのために、存在するのだから。


「……とりあえず、お前にはしばらくここにいてもらう」

 意外な言葉にサリアは驚いた。
 なんとなく彼の様子から自分がやっかいな事を引き起こしてしまったということが解っていたから、出ていけと言われるものだと思っていたのだ。
 見渡す限り森しかない場所に放り出されたら途方に暮れてしまうだろうが、自分が勝手に「扉」を通り抜けてしまった以上仕方のないことだと半ば諦めていた。

「あの……」
「原因を突き止める。原因が解るまで滞在してもらう。また『扉』が開いてしまわないように原因を突き止めて封印する」

 あくまで事務的に淡々と話すリオに、サリアは勢いよく頭を下げた。

「ありがとうございますっ」

 その勢いにリオは目を白黒させている。サリアは安心したように笑った。
 

 こうして二人の奇妙な共同生活は始まった。

 運命の輪がきしり、と廻り始める。

 世界は二人の知らない所で少しずつ動き始めていた。
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