白の影 黒の光

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09


 サリアは意を決して扉に手を掛けた。
 躊躇いつつゆっくりとドアノブをひねり、隙間からそっと顔を出す。
 右も左も部屋の外は明かりもなく真っ暗な廊下が続いている。
 何となく小さい頃に聞いた怖い昔話を思いだしてくじけそうになったが、勇気を奮い起こし、小さくひとつ頷くと扉から体を滑り出した。

 
 キョロキョロと辺りを見回したあと、壁に手をついて足元が覚束ないほど暗い廊下を進んでいく。
 何か物音が聞こえたような気がして、何度も後ろを振り返った。
 明かりが差してくれそうな窓もなく、今が昼なのか夜なのかすらわからない。
 何度か扉を見つけてノックしたり呼びかけてみたりしたが、まったく応えはなかった。

 部屋でおとなしくしていればよかった、と後悔し始めた頃、数歩先の扉からオレンジ色の光が漏れていることに気付いた。

 かなりホッとして小走りに部屋を目指した。
 中を覗くと、リオの後ろ姿が見える。

 サリアは少しだけ扉を押し開けて中に声を掛けた。

「あの……」

 まるで声を掛けられるとは思いもしていなかったように驚いた様子でリオが振り返った。

「どうかしたのか」

 あまり心配しているようには聞こえない。だが、あのおばけ屋敷のような廊下を抜けてきたサリアには、自分以外の誰かがいるということだけで安心した。

 サリアは勝手に部屋から出たことを詫び、ずっと考えていたことを口にした。
 
「私に何か出来ることはありませんか?」
「何か出来ること……?」
「はい。これからお世話になるんですし、何かお手伝いできたらって思って……」

 まじまじと見つめられ、語尾が自信無さげに小さくなる。
 上目遣いに見ると、どうやら怒ってはいないようだ。とはいっても、表情があまりないので推測ではあるが。
 リオはおもむろに腕組みをして考え込んだ。
 しばらく考えた末に首を傾げる。

「……特にない」

 予想していた答えではあったが、多少気落ちして「そうですか」と俯く。張り切っていた訳ではないが、放り出さずに館に置いてくれたリオに、お礼代わりに何かしたいと思っていたことも事実だ。リオにそんなつもりはないのだろうが、その思いまで否定されたようで、少し落ち込んだ。

「そ、そうですよね。すみません、出過ぎたこと言って」

 肩を落として部屋を出ようとした時、背後から声が掛かった。

「手伝って欲しいことが出来たら頼む」

 感情のない声。
 サリアが振り返った時にはもうリオは彼女に背を向けていた。
 サリアの口許が綻んだ。
「はい!!」

 勢いよく頷いてリオの背中に頭を下げると、弾むような足取りで部屋を出て後ろ手に扉を閉める。

 与えられた部屋に戻る時も、来るときと同じ真っ暗な廊下を通ったのに、全く怖くなかった。

 心が浮き足立ってる自覚はあった。

 多分リオは感情を表に出すことがあまりないだけで、優しい人なのだ。素性の知れない自分を原因が解るまでとはいえ放り出さずにいてくれたのだから。

 元の世界に戻りたいという気持ちはあまりなかったが、悪いようにはならない気がしていた。

 だが、その時のサリアは知らなかっただけなのだ。

 この「世界」のことも、そして、自分自身のことも。
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