Trip Travel 〜旅のお供はしゃべる犬〜
第一話 旅のお供はしゃべる犬? 1
あたしの好きなもの。
コーヒーショップのカフェモカ。
イチゴ味のチョコレート。
買ったばかりの花柄の手帳。
ふわふわの子犬。
あたしの嫌いなもの。
学校のテスト。
苦いピーマン。
クラクションを鳴らす車。
満員電車。
あたしの一番好きな時間。
学校帰りにファーストフードで友達とおしゃべりしているとき。
あたしの一番嫌いな時間。
家に帰ってきて、玄関のドアを開けるとき。
そんなあたし、佐藤真奈は16歳の高校1年生。
そして今、あたしは一番嫌いな時間を迎えている。
あたしは冷たい真鍮の門扉を掴んでため息をついた。
家は真っ暗。明りは一つも点いていない。
パパは今日も残業。ママは最近ハマったお稽古事。
ぺったんこの鞄から鍵を出して、ドアを開ける。真っ暗でしんとしたこの空気が大嫌い。
ローファーからスリッパに履き替えてリビングに入り、すぐに電気を点けた。
一番初めに気がついたのは、ダイニングテーブルの上のメモと三枚の千円札。
メモにはママの字で遅くなることとこのお金で晩ゴハンを済ませるようにと書いてある。
今日もコンビニか。
あたしは読み終わったメモを、ごみ箱に放り込んだ。
着替えるのは面倒だったし、あたしは制服姿のまま千円札を握りしめ、財布とケータイと家の鍵しか入っていない通学カバンを肩にかけて家を出た。
時間は夕方。空はきれいなオレンジ色。
住宅街の家からは、おいしそうな晩ゴハンの匂い。
「ママ、ただいまー!!」
「あらあらお帰りなさい。まあ、そんなに汚してきて……。楽しかった?」
「うん!!」
ふと声に目を向けると、小学生くらいの男の子と、その母親らしい女の人。
優しく子供の顔に付いた泥をぬぐっている母親と、くすぐったそうに笑う子供を見て、何だかあたしは泣きたくなった。
いいな、ああいうの。
幸せなんだろうな、あの家族は。
最後にパパとママとあたしでゴハン食べたのって、いつだったかな。
確か、あたしの高校の合格祝いだったかな。雑誌に載ってたレストランに行った。
でも、楽しくなかった。
パパとママは全然しゃべんないし、あたしとだって決まりきった会話しかしない。
「勉強はちゃんとやっているのか」
「遊んでばかりいるな」
こんなカンジ。
だからあたしも、「うん」とか「わかってる」としか返さない。
あたしのお祝いだったはずなのに全然楽しくなくて、おいしいはずのお料理の味も全然覚えていない。
だからうらやましい、と思った。
幸せそうなあの親子を、うらやましいと思ったんだ。
最後にママに抱き締めてもらったのっていつだったかな。
最後にパパと出かけたのっていつだったかな。
なんで、こうなっちゃったんだろう。あたしたち家族は。
幸せだったときだって、確かにあったはずなのに。
気づいたら、いつのまにかバラバラになってた。
そんなこと考えて。
そしたらすごく切なくなって。寂しくなって。
なんだか世界に一人ぼっちになったみたい。
なんか、泣けてくるほどに寂しくなった。
寂しくて泣くなんて、小さい子供みたいだ。
ちょっと泣いたら、おかしくなった。
何やってんだろ、あたし。
「……ばかみたい」
ホントあたし、ばかみたい。
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