世界の果てで紡ぐ詩
10.
一つ、ここは異世界である(今さら確認するまでもなく明らかだけど)。
二つ、世界には五つの国がある。
三つ、五つの国は東西南北中央に位置している。
四つ、中央は女神、他四つの国には精霊を祀る神殿がある――
「神殿内で最も力を持つのが神官長で、その下に神官がいる。これは東西南北四つの国全てに当てはまることだ。だが中央メセリアは少し違う。神官は聖神官と呼ばれ、神官や神官長よりも格が高い。そして中央で最も力を持つのは、神官長ではなくラクリマ。彼女たちの中でも、ラクリマ・インヴェラーレと呼ばれる女性が最高位に就いている」
「ちょっと整理させて下さい。えーと、神官よりも聖神官の方が格が高いってことは、あなたはつまり偉い人なんですか?」
「そうなるだろうね」
ココがそんなことを言っていたから地位の高い人なんだろうなと思っていたが、こうもあっさり肯定されると、何だか拍子抜けしてしまう。
クラウスはグラスの中のブランデーを一口あおり、無関心な様子で肩をすくめた。
「少なくとも、ここにいるどの神官よりも精霊の加護は強いと思うよ」
「精霊の加護って、確かあの人も言っていましたよね。背中までの黒髪を一つに束ねていて、目つきが怖い人」
「ああ、聖騎士団の彼だね。確か名前は、ジェイ・コートランド」
「そうです! その人」
「そういえばそんなことを言っていたかな。ちなみに、聖騎士団は神殿内の警備を司る者たちの総称で、第一騎士の称号を持っていた彼は、騎士団の中でも上の地位にいると考えてくれていい」
どうりで偉そうな態度なわけだ。
「普通の人間には、精霊の加護どころか気配すらつかめないが、中には彼のように勘の鋭い奴がいる。特に聖騎士団の人間であれば神殿に詰めることが多いから、感覚が研ぎ澄まされるのだろう。……ユイリには分かるかい?」
問われて、クラウスの頭のてっぺんからつま先まで視線だけで何往復かしてみたが、なんら変わったところは見られなかった。
当然のことながら、ココの言う神々しさと威厳と尊意などは微塵も感じられない。
クラウスにそんなものが少しでもあることすら、疑わしいと思う。
もっとも、精霊の気配というのがどういうものなのか、全く想像がつかないということもあるのだけれど。
精霊と言って思いつくのはウェネラだが、あの高飛車で高慢ちきな少女には神々しさの欠片も感じられなかった。
むしろ恩着せがましく、全ての元凶としか思えない。
精霊というのは、みんなあんな感じなのだろうか。
(だとしたら、あまり関わりあいになりたくないなぁ)
そう思ってしまっても、誰もユイリを責められないだろう。
ユイリからすれば、ウェネラは疫病神としか思えないのだから。
眉間に皺を寄せて睨みつけるように凝視しているユイリは、そのじつクラウスを見ているわけではなく、自分の考えに没頭しているようだった。
クラウスは古ぼけたマホガニーのテーブルの後ろでゆったりと椅子の背にもたれ、一人百面相を続けるユイリを本人には気づかれないように冷やかな目で見つめた。
確かに精霊の気配は感じられるが、特筆すべき程の加護を持つわけではなく、かと言って、力の片鱗を感じられるわけでもない。
この娘のどこに、ラクリマとしての素質があるというのだろうか。
女神が祝福し、精霊の加護を受けし者。
聖女の血筋に連なる者――。
異世界からの迷い人たる彼女にあるのは、可能性と、星読みの予言のみ。
聖印すら現れていない、不完全なラクリマ。
中央聖議会への報告も審議もなされていない現状では、クラウスが表立って動くわけにはいかないので、確かめる術がないのが残念だ。
ユイリの思考が現実に戻って来た頃には、クラウスの表情に冷たさの欠片すら見つけることは出来なかった。
それでもユイリが微かに警戒の色を浮かべたのは、全てを隠しきることができなかったからなのか。
ユイリは、愛想良さに包まれた軽蔑のようなものを敏感に感じ取り、生来の用心深さを身にまとった。
あまり信用してはいけないのは分かっている。
だけど今は、できるだけ多くの情報がほしい。
心持ち椅子を後ろに引き、ユイリは口を開いた。
「私には精霊の加護というものが何かは分かりません。でもそれと地位が比例しているのなら、メセリアで一番偉いラクリマ……何とかという人は、一体何者なんですか?」
問われたクラウスは、一度グラスの中身をあおって口の中を潤し、グラスをテーブルに置くと言を継いだ。
「そう、ここからが本題だ。君に、伝承について教えてあげようと言ったね。その伝承で語り継がれる人物と言うのがラクリマで、彼女こそ君と同じ異世界からの“迷い人”だと言ったら、驚くだろうか?」
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