世界の果てで紡ぐ詩

26.

 さも当然だと言わんばかりに告げられて、ユイリは思わず顎を落としかけた。
 
「聖と俗両方って……」
「だってそうでございましょう? アデレイド女学院はウェレクリールでも最高峰の女学院で一般の子女にも門戸は開かれていますが、精霊の加護を持たなければ学舎に入ることは許されませんもの」
「……そりゃあ、ラクリマ養成学校だしね」

 レイから仕入れた知識をつぶやくユイリに、ココは可愛らしい笑顔を浮かべた。
 両頬に笑窪を浮かべ、グリーンの瞳をきらきら輝かせて。

「それにお嬢様は、神官長様が直接お会いになられてそのお力を認められたお方。学院内でも一目を置かれる存在になりますわよ!」
「はぁ?」

 ユイリは今度こそ本当に顎を落とし、顔からさぁっと血の気をひかせた。

 一目を置かれるもなにも、目立たず出しゃばらず大人しげに振る舞う努力をしようと決心していたのに、その足場が早くもぐらつき始めた。
 ユイリとしては、元の世界へ帰る足掛かりとしてアデレイド女学院への編入を承知したのであって、何も一目を置かれる存在になりたいわけではない。
 こうして全てを我慢して流されているのは、ただ単純に長いものには巻かれてしまえ的なチキン精神が働いているにすぎないのだ。
 それなのに一目を置かれるイコール衆目を集めるということになってしまったら、本末転倒ではないか。

「あのさ、ココ」

 空いたままの口を意識して閉ざし、ユイリは心を落ち着かせるように深呼吸をした。

「私は別に一目を置かれる存在にならなくてもいいし、第一神官長サマと会ったなんて他の人に分かりっこないよね?」
「そんなことはありませんわ」

 ココは無邪気な目をユイリに向けて、あっさりと否定した。

「だって、ご多忙な神官長様がわざわざお嬢様とお会いになったことは、広く噂になっておりますもの」
「う、噂ぁ?!」
「ええ。異国から来られた高貴な方が、神官長様のお取り計らいにより神聖な学院への編入を許された、と」
「……そんなに大事になってるんだ」

 頭を抱え込んで気弱なうめき声をあげているユイリを見て、ココは不思議そうに首をかしげ、最初と同じ質問を繰り返した。

「何かご不満でも?」
「不満も大ありだよ! 私は目立ちたくないの! ほら、クラス会とかでよくいるじゃない? あれ、あんな子いたっけ的な影の薄い生徒。クラス会に呼ばれるくらいならまだいいけど、あまりの存在感のなさに呼び忘れたことにすら気づかないとか、そういう地味な存在を目指していたのに!」
「クラス会、でございますか?」
「それは何? っていう質問はやめてね。説明が面倒くさいから」
「……かしこまりました」

 疑問符を顔いっぱいに浮かべながらも、ココは従順に頷いた。

 その様子を見つめるユイリの口から、大きなうめき声が漏れる。
 確かに精霊の加護という点では、水の精霊であるウェネラに目をつけられた時点でそのような気配があってもおかしくはない。
 なんと言っても、ウェネラに疫病神のように付き纏われているのだから。
 もっとも、異世界から来た人間にはある程度の素質はあるみたいだし、ユイリが特別というわけではないようだけど。

「どうしてこう、次から次へと面倒事が起きるんだろう。私には特別なところなんてないし、これまで目立ったことだってなかったのに」

 歌以外では。

 ユイリは、言外にそっとつぶやいた。
 確かに歌うことは大好きだけど、それは部活道の領域を飛び越えたことはなく、自分は特別だと過信したこともない。

(音楽コンクールに出場したことがあったとしても、その他大勢の内の一人でしかないし)

 そもそもその歌が原因だということを思い出して、ユイリの気分はさらに落ち込んだ。
 それと、好奇心に負けて警戒のけの字も思いつかなかったことも良くなかった。

 どんどんマイナス思考に陥っていくユイリの耳に、ココの考え深げな声が聞こえてきた。

「特別なところがない? 目立ったことがない? あたしにはそうは思えませんけど」

 そう言うココの顔には、おもねるような色は一切なかった。
 そこにあるのが単純な追従であれば気にすることはなかったが、ココが浮かべているのは純粋な事実。
 ユイリは眉を寄せた。

「それってどういう意味?」
「言葉にするのは難しいのですが……初めてお嬢様とお会いした時から、普通の人にはないものを感じていたのは確かですわ」
「よく分からないんだけど」
「申し訳ありません、あたしもどう言ったらいいのか分からないのです。だけどお嬢様がアデレイド女学院に通われるようになったら、注目を浴びるのは間違いありません」
「それってさぁ、いいことなの?」

 疑わしげに尋ねるユイリに、ココは彼女としては珍しいことだがすぐに言葉を返すことができなかった。

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