世界の果てで紡ぐ詩

25.

 レイフォード神官長との会見を朝の内に済ませて早々に退散したユイリは、アデレイド女学院への編入準備に追われることとなった。
 すでに知らせが行っていたらしく――レイはここでも手際の良さを発揮してくれた――、ココが手ぐすねを引いて待ちかまえ、為すすべもなくユイリはあっさりと捕獲されてしまった。
 続く三日間は、ユイリにとって忘れられない忍耐の日々と言えるものだった。

 一日目。
 午後の日差しも眩しい部屋の中で下着姿に剥かれ、何人ものお針子の手で体中至るところを採寸され、その苦行は陽が落ちるまで続いた。
 二日目。
 ユイリにとって不幸なことに、身元引受人として白羽の矢を立てられたらしいジェイ・コートランドが、学院に編入する際の約定書やら規律書やら雑多な書類を抱えてやって来た。
 そのむっつりとした顔から、どうやら彼にとっても甚だ遺憾なことらしいということが分かって微妙な気分になったが、文句を言えるはずもなく難しい話を何時間も延々と聞く羽目になった。
 三日目。
 抑圧された鬱憤に、爆発しそうな気分で目が覚めた。

 ユイリの機嫌は、お仕着せを着た少女たちが運んできた朝食を食べながら、ココがいつものように笑顔満開でその日一日の予定をしゃべりだした途端、急降下した。

「今日中にはお部屋を移れるようですよ、お譲様」

 思わずスープ皿の底にスプーンを打ちつけてしまったユイリのことは気にせず、ココはテーブルの上に飛んでしまったスープの飛沫をさっと拭き取った。

「全寮制の学院なのでお部屋を移る心づもりではおりましたが、編入当日ではなく今日からで構わないとの許可をいただきました。朝食が終わりましたら、さっそく準備をしてしまいますね」
「準備って……あれ?」

 ユイリが曖昧に指差した部屋の隅を見やり、ココは大きく頷いた。

「それも含めてです。学用品やその他諸々は運んでおきますので、お嬢様は何もする必要はありませんわ」
「え、でも手伝うよ?」
「まぁ! そんなお優しいお言葉をかけていただけるなんて……。そのお心遣いだけで十分でございますわ。お嬢様はただ、明日に控えた学院生活のことだけを考えていて下さいませ」

 むしろあまり考えたくないんだけどとはさすがのユイリも言うことができず、口元を引きつらせた。

 その後朝食を早々に食べ終えてココに身繕いを手伝ってもらったユイリは、ジェイが訪れるのを憂鬱な気分で待っていた。

「ねぇココ。どうして、よりによってジェイ・コートランドが私の身元引受人なわけ?」

 ココは忙しなく動かしていた体を止めて、ユイリに向き直り可愛らしく小首を傾げた。

「聖騎士様が身元引受人だなんて、素敵じゃないですか。何かご不満でも?」
「そういうわけじゃなくて」

 ユイリは慌てて首を振った。

「ただどうしてかなと思っただけ」
「神官長様の采配ではないでしょうか」
「レイ、じゃなかった。神官長サマの?」

 三日前、うっかりレイと呼んでしまった時のココの狼狽ぶりとその後の説教を思い出して、ユイリは急いで言い直した。

 ココの言う、ウェレクリールで最も高位に在り崇高な存在である神官長サマに、「どうぞレイと呼んで下さい」と言われたとしても、それはあくまでも儀礼的なものでしかないらしい。
 淑女たる者、常に慎ましく淑やかに控えめな礼儀正しさでと諭されて、生温い苦笑いで生半可な返事をするのが精いっぱいなユイリであった。

「わざわざお嬢様をお召しになられたくらいですもの、きっと神官長様はお嬢様の身の上に深く同情し、良いように取り計らってくれたのでしょう」
「……深く同情して、ねぇ」

 ユイリは、ふふふと不気味な笑い声を上げた。
 口裏合わせをお願いされたこともあるが、自分は別の世界から来たのだと言ってもいいことなしなのは明らかなので、ここはレイがでっちあげた身の上話で我慢するしかなさそうだ。

 反論したがる口をぐっと抑えたら、歯がぎりっと音をたてた。

「でも、わざわざジェイ・コートランドを身元引受人にするってところが解せないんだよね」
「どうしてでございますか?」
「だって……」

 ユイリは言いかけて、すぐに言葉を飲み込んだ。
 ココは最初のいきさつを知らないから、ユイリがジェイに対して苦手意識を抱いていることには気づいていない。

 やっぱりそのことも言うわけにはいかず、ユイリは大きなため息を吐いた。

「何でもない。それにしても聖騎士サマも大変だよね、こんな慈善事業ばかりしてたらさ」

 テーブルに頬杖をついてぼやくようにつぶやいたユイリを、ココはじっと見つめた。

「……特例なのですわ」

 ユイリは、厳かに告げる赤い巻き毛の少女に顔をしかめてみせた。

「特例?」
「はい。普段聖騎士様が世俗のことで動くことはまずございません。本来聖騎士様は、神殿において神官長様や神官様を警護する任に就かれている方々なのです」
「だったら、何で私の身元引受人なんかするの? 余計におかしいんじゃない?」
「世俗のことだけでしたらはいと申し上げますが、お嬢様の場合は何らおかしなところはありません。だってお嬢様は、聖と俗両方に関わるお方なんですもの」

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