世界の果てで紡ぐ詩

43.

「そもそも、ユイリにはシェイラとミリセントが正しいかなんて分からないでしょ。セシリアの方が正しいかもしれないんだし」
「うーん、そうなんだよねぇ……って。ぅえぇぇぇ?!」

 ユイリは仰天して、椅子に座ったまま体をのけぞらせた。
 聞き間違いかと思い目をぱちくりさせてレイスを見つめるが、とても冗談を言っているような雰囲気ではない。
 どう答えたもんかと内心腕を組みながらも、ユイリの口は正直に思っていることを吐露してしまった。

「アレイシアはあの2人と友達じゃなかったの?」

 レイスは肩をすくめた。

「それとこれとは別問題」

 彼女の答えは、いたってシンプルなものだった。

「友達だからと言って、全てが正しいとは限らない」
「それは、そうだけど」
「シェイラもミリセントも、最初っからセシリアとはウマが合わなかったみたいだし、何も今回の一件が原因で対立しているわけじゃないからね」
「え、そうなの?」
「うん。あの3人は我が強いから。人に従うって感じでもないし」

 ユイリはしばらく沈黙して、深々と頷いた。

「確かに。それはすっごく分かるような気がするよ」
「ラクリマとしての素質を見極める、その一点に特化した学院であるからこその不文律だと言えばそれまでなんだけど」
「……ふーん?」

 フッと、小首を傾げているユイリに笑いかけて、レイスは言を継いだ。

「ラクリマに選ばれる者は、素質だけではなく人としても優れていなければならない。それはつまり、例えどんな生まれだったとしても、将来ラクリマになり得る可能性を持っているのなら、支配階級に属するだけの技量を持っているはずだと言うこと。なぜなら中央メセリアは、アデレイド女学院など及びもつかないほど奥深い場所なのだから」

 何かを諳んじるかのように語るレイスに、ユイリは正直驚いて目を見開いた。

「――不思議なことを言うんだね、アレイシアは」

 レイスは困ったように微笑んだ。

「同じようなことをシェイラにも言われたことがあるよ。“あなたは何よりも、言葉を学ばなければいけない”って。……さて、と。ユイリはセシリアに会った時、何を感じた? それが一番重要」
「嫌な女ってこと以外に?」
「以外に」

 ユイリは腕を組んで、眉根を寄せた。

「セシリアもまた、シェイラ達と同じだと思う」

 呟いた言葉の意味の薄さに思い当って、ユイリは言葉を選びなおした。

「えぇと、セシリアは誰かに入れ知恵されて実行役員って組織を作ったと思うんだけど……んん? そういえば、実行役員ができたのっていつ頃なの?」
「約一年前」
「一年前? じゃあ私とは無関係だね、良かった。まさか一年も前から私が来ることなんて予測できるはずもないし。でもセシリアが――というよりも、セシリアに入れ知恵をした誰かが――、“外部”からの干渉を阻止するために実行役員を作ったことは間違いないと思うんだよね」
「そこがシェイラ達と同じってとこ?」
「そうそう。シェイラもセシリアも、目的は一緒だと思うんだ。関係ない奴は、聖劇について口を出すな! って感じ」
「乱暴な言い方だけど、要は聖劇への不可侵が目的だって言いたいわけね」
「うん。それ」

 あっさりとユイリは頷き、次いで何かに思い当ったのかポンと手を叩いた。

「ああ、だからか」
「何?」
「セシリアが主役じゃない理由。彼女の目的はあくまでも聖劇を守ることであって、配役にあれこれ口を出してシェイラの言う……えぇと、まがいもの? にするつもりはないってこと」

 主役級の配役を決めるには、学院における成績がものを言う。
 それと、各学科を担当するネアからの推薦と学院生による承認。
 これらについて、実行役員が口を出したことはあっただろうか?

 否。
 例え彼女たちが裏で何か画策していたとしても、表立って動くことはなかった。
 ただ頷き、沈黙しただけなのだ。

 それはレイスの言葉からも、裏付けられた。

「そうだね。シェイラとミリセントは警戒していたみたいだけど、揉めることなくあっさり配役が決まったものだから、拍子抜けしていたし」
「あ、やっぱり?」

 逆に不審がっていたような気もするけれど、そこはまぁ、仕方がないことだとして。
 あれだけ警戒してユイリをダシに使おうとしていたのだから、何事もなく配役が決まって首を傾げるのは当然なのだ。
 なぜ実行役員は、聖劇の中心ではなくあえて裏方を選んだのだろう、と。

 納得しかけて、ユイリはふと首を傾げた。

「ちょっと待てよ。だったらなんで私とアレイシアが侍女役なわけ? 私、やりたいなんて一言も言ってないよ?!」
「ああ、それは間違いなく嫌がらせだね」

 レイスは何やら訳知り顔に頷いた。

「シェイラとミリセントは理にかなった配役だけど、侍女役なんて掃いて捨てるほどいるんだもの、誰でも良かったはず。にもかかわらず、あえてユイリを地味に身動きが取れない場所に配置したってところに、セシリアの悪意を感じるね」
「……人ごとみたいに言ってるけど、アレイシアも私と同じ役回りなんだよ」
「私はほぼ希望通りだから」
「うそぉっ?!」
「言っておくけど、喜んでこうなったわけではないからね」

 なぜか凄味のある笑顔を向けられたユイリは、訳が分からないまま顔を引きつらせて頷く以外なかった。

inserted by FC2 system