白の影 黒の光

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13

 ディオグラン王国は新興国である。もともと小さな部族がいくつも乱立していた地域をディオ族が制圧し、王国の基盤とした。
 それから三代に渡り領土の拡大に心血を注いできたが、元が少数部族の集まりだけに結束も弱く、他国からの侵攻と同時に内部の政権争いにも頭を悩ませてきた。

 その争いを勝ち抜き、ディオグラン王国を強国へと導いたのは五代目の王となった現王リューイであった。
 彼はその類い稀な美しさと天才的な指導力で国民を惹き付けまとめ上げた。そして、ディオグラン王国の力を拡大していったのである。

 王国の元となったディオ族の直系にあたるリューイは幼い頃から王となるべく育てられてきたが、その地位は確実なものではなかった。
 何度も政敵に暗殺されかけ、そして自らも政敵を陥れてきた。そして、登り詰めた王の地位。

 望んだことは何でも叶った。彼は国の頂点に立ったのだ。叶わないことなどない。

 ただ一つを除いては。


 リューイは内心苛立っていた。顔には麗しい微笑みを浮かべてはいたが、宝石のような藍色の瞳は欠片も笑っていない。

 ようやく「扉」を手に入れたのに、肝心のものが見つからないのだ。
 
 国に引き入れたアルスフォルトの神官からその話を聞いたときにはさすがの彼も驚いた。すぐに望みが叶うかもしれない、と心躍らせもした。
 だが、それから一ヶ月近く経っても何の音沙汰もない。

 「扉」が開いた。

 神々が降り立ち、神の国アルスフォルトを興したとされる「扉」が、あの日開いたというのだ。
 そして少女が一人、その「扉」の向こうに消えていったという。
 少女が消えてすぐ、残念なことに「扉」は閉じてしまったらしいが、目撃者は神官であるセレイナをはじめ、大勢いた。部屋をくまなく探しても少女は見つからなかった。

 リューイはこの話を聞き、即座に兵に少女の捜索を命じた。指揮官は少女を唯一知るセレイナだ。

「その娘の名は?」
「サリア、と申します」
「神官か?」
「いえ、サリアは神官ではありません」

 リューイは眉をひそめた。

「ではなぜあのような場所にいたのだ」
「……サリアは神殿で暮らしておりました。神殿が引き取って育てておりましたので」
「神殿で? 孤児なのか?」
「いえ、両親は存命しております」
「両親がいるのになぜ神殿が引き取ったのだ」

 リューイの問いにセレイナは答えを躊躇った。リューイが強く促すと、セレイナは重い口を開いた。

「……サリアは他の人間にはない力を持っていたのです」
「力、だと? どのような力だ」
「それは……」

 セレイナは視線をさまよわせた。リューイはため息をつき、彼女の名を呼んだ。びくりと細い肩が震える。

「まぁ今はよい。サリアといったか……。その娘を知るのはそなたしかいないのだ。必ず捕らえろ」

 そう言うと、リューイは玉座を立った。

「はい、必ずや!!」

 深く頭を下げるセレイナを一瞥し、そのまま部屋を出る。

 一人になったセレイナは、固く目を閉じた。

 あの日の光景が彼女の脳裏に甦る。

 開いた「扉」。
 光の中に消えた少女。

 微かに微笑んでいたあの表情を忘れることができない。

「……見つけ出して見せるわよ、必ず……」

 サリアを差し出せば、王のセレイナへの信頼は揺るぎないものになるだろう。
 心の奥底に全ての感情を押し込め、セレイナは暗く笑った。
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