白の影 黒の光
15
あなたは誰なの?
毎夜夢に現れる青年。
遠く離れた場所から私をじっと見つめている。
近づくこともなく何か話をするわけでもない。
藍色の瞳を悲しげに細めてただじっと私を見つめるだけ。
あなたは誰なの?
問いかけても答えはない。
近づこうとすれば何かを恐れるように身を引いてしまう。
彼の瞳があまりにも悲しそうに揺れるのが気になって更に手を伸ばし――
そこでいつも目が覚める。
「……また……あの夢……」
彼女は軽くため息をつき、寝台から身を起こした。
その拍子に、彼女の細い肩にさらりと絹糸のような長い藤色の髪が流れた。
側に置いた椅子にかけてあった上着を取り、肩に羽織る。
寝台を降りようとしたとき、扉をノックする音が部屋に響いた。
「おはようございます、リーズ様。お目覚めでいらっしゃいますか?」
まだ少し幼さを残す侍女の声に、リーズと呼ばれた彼女は微笑んだ。
「ええ、起きていますわ。入っていらっしゃい」
部屋の主の了承を得て、まだ十代前半かと思われる少女が扉を開けて入ってきた。少女はリーズに向けて礼儀正しくお辞儀をして朝の挨拶をする。
「おはようございます、リーズ姫様」
「おはよう、ステラ。今日もいい朝ですわね」
「はいっ」
元気に頷くステラに、リーズは微笑んだ。しかし、どことなく元気がない。それに気づいたステラは、躊躇いがちに訊ねた。
「あの……姫様。昨夜もあの『夢』を……?」
リーズは少し驚いたように髪と同じ藤色の瞳を見開き、それから困ったように笑った。
「……ええ。いつもと同じ『夢』を見ましたわ。いつもと同じように触れることも声を聞くことも出来ませんでしたけれど……」
ステラはリーズが見る「夢」のことを知っていた。
リーズにとって、ステラはただ一人だけ許された話相手だったからだ。
「一体、どこのどなたなのでしょうね、あの方は……」
一人呟くリーズに、ステラはかける言葉を探した。
だが、結局言葉は見つからず、ステラはそのまま押し黙った。
ステラの様子に気づいたリーズは、あわててその場を取り繕った。
「ごめんなさいね、ステラ。こんな話、面白くないでしょう」
「姫様……」
「さあ、朝の身支度を整えてしまいましょうか。もうすぐ朝食の時間ですものね」
リーズは朗らかに笑い、ステラもホッとしたようにつられて笑った。
「はい、姫様」
「……では朝食をお持ちいたします」
身支度を整え、部屋に据えられた椅子に腰かけていたリーズに頭を下げ、ステラは部屋から退出した。
一人残ったリーズは、夢で見た青年に思いを馳せた。
どうして何も話してくれないの?
どうして近づいてくれないの?
どうして……
そんなに悲しそうな目をしているの?
問いに答えはない。
きっと彼に会っても答えてはくれないだろう。
それでも。
また彼に会いたい。
リーズはそっと瞳を伏せた。
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