白の影 黒の光
19
「リオさん、お茶が入りましたよ」
柔らかな花の香りに誘われて、リオは視線を窓から少女へと移した。
少女はマグカップの乗った盆を手に、ふんわりと微笑んでいる。
「ああ、すまない。その辺りに置いてくれ」
なんとなく居た堪れない気分になって、リオはすぐにサリアから視線を外した。
「……あ、はい。じゃあここのテーブルの上に置いておきますね」
サリアの声が、少し沈んだ。
リオは、ハッとして振り返ったが、そのときにはもうサリアは部屋を出て行ってしまっていた。
また、やってしまったのか。
リオはため息をついた。
サリアがこの館に来てから、一週間が経つ。
最初のうちは戸惑っていたが、さすがに少し慣れてきたように思う。
……サリアの方は。
もともと順応性の高い性格をしていたサリアは、リオが恩人ということもあってか彼に良く懐いていた。
一方リオは、今まで他人とほとんど関わったことがない。故にサリアとどう関わっていいのか分からず、いまだにギクシャクしていた。
まだ一週間しか一緒にいないが、サリアは温和で細かいところまで気がつく、よく出来た娘だと思う。
先程のように、そろそろ休憩しようかと思っているときにお茶を淹れてきてくれたりする。
それなのに、他人の好意に慣れていないリオは、ありがたいと思っているのにそっけない返事を返すことしかできない。
サリアがしょんぼりと肩を落として部屋を出て行く様子を見て、リオはもやもやと後悔する。
そんなやり取りをこの一週間で何度も繰り返していた。
不毛だ。
リオは何回そう思ってため息をついたのか、と情けなくなっていた。
自分の性格上、言葉が足りないことは理解している。
先代の監視者であった「あの人」からもよく言われていたからだ。
『思いは言葉にしないと伝わらないときもあるんだよ』
そう言ってあの人は寂しそうに笑っていたな。
ふとリオはそう思った。
ふんわりと柔らかく笑うサリアの笑顔は、そう言えば「あの人」にどことなく似ている。
「まあ似ているのは笑顔だけだが……」
性格は「あの人」とサリアでは似ても似つかない。
あの人は腹黒だったしな……
遠くを見つめてリオは思った。
後継者としてこの館にやってきた日のことを、今でもはっきりと覚えている。
優しい笑顔と柔らかい雰囲気。
自分とは正反対の人だと思い、緊張した。
しかし、それは表向きだけ。
それからは筆舌に尽くしがたい経験を何度もするわけだが……。
思い出すのはやめておこう、とリオは賢明な判断を下した。
下手に思い出してしまうと、今晩悪夢にうなされてしまうかもしれない……。
深く深くため息をついて、リオはテーブルに手を伸ばした。
淡く湯気が立ち昇る愛用のマグカップ。中には琥珀色の液体が入っている。
鼻を近づけると、甘い香りがする。
ひとくち口に含むと、爽やかな味わいが鼻を抜けていった。
彼女はお茶を淹れるのが上手だと思う。
リオはこういうことには不精なので、香りや味が違うお茶を毎回淹れる彼女を見て、純粋にすごいと思う。
ああ、そうか。こういう気持ちを正直に彼女に伝えればいいのか。
彼女に会ったら「すまない」ではなく、「ありがとう」と言えばいい。
「……美味い」
なんとなくすっきりした気分になって、珍しく彼は淡い笑みを浮かべた。
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