白の影 黒の光

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22

 薄暗い部屋の中。

 窓のそばに設えられたベッドの中で、少女は微かな寝息を立てている。
 リオは隣に置かれた椅子に腰かけて、黙ってサリアの寝顔を眺めていた。

 ふと手を伸ばす。
 つい先程まで蒼白だった頬はわずかに赤みが差し、指先にほのかな暖かさを感じる。
 その様子に安心したように、彼は目を細めた。

 慎重にずれた毛布を掛け直し、静かに立ち上がった。毛足の長いカーペットが足音を吸い取って、ほとんど音を立てずに扉に向かう。

 ドアノブに手を掛けたまま、リオはサリアを振り返った。
 柔らかな毛布に包まれて眠る少女。
 その寝顔は年齢よりも幼く見える。

 彼は、サリアと出会った日を思い出した。

 あの日から訪れた急激な変化。
 目に見えるものだけではない。目に見えない変化が、彼の心を蝕んでいた。彼が気づかないうちに。

 その原因は、昏々と眠る華奢な少女。
「監視者」となってから初めて出会った自分以外の人間。

 リオは拒むように視線を外し、部屋を出た。
 後ろ手で扉を閉め、そのままどこに行くでもなく暗い廊下に立ち尽くす。


 あんなに焦ったのは初めてだった。もちろん、声を荒げるような経験もない。
 そんな自分に、戸惑いは増すばかりだ。

 リオは額に手を当てて、深いため息をついた。ため息をつく回数も格段に増えた気がする。
 自分でも分からない戸惑いと焦りに混乱することも数えきれない。


 分からないことは考えないに限る。

 彼は幾分無理矢理思考を切り替えた。

 今は自分のことはどうでもいい。すぐに答えを出さなければならない問題でもないし、後でゆっくり考えよう。
 リオは最近どうも脱線しがちになる自分自身に呆れ返った。


 問題はあの気配。
 すぐに消えてしまったが、確かに彼女を「呼んでいた」。

 彼女を呼んだ「声」は、「扉」の方向から聴こえた。
 感じたことのない気配。
 そして、操られるように「扉」に向かおうとした少女。

 サリアを呼んだ「誰か」は、おそらく彼女が「扉」を開いたことを知っている。

 ……何かが起きている。自分の知らないところで。
 彼女がいた世界で、「扉」を開こうとしている者がいる。
 その人物が何を企んでいるのかは分からない。「監視者」である以上、あちら側の世界に関わることは出来ない。

 しかし、その人物が「扉」を開こうとしているのであれば話は別だ。
「監視者」である自分の使命は、二つの世界の均衡を保つこと。
 意図して「扉」が開かれれば、世界の理が崩れてしまう。それは、古に世界を隔てた神の意思に反すること。
 何としてもそれだけは防がなくてはならない。


 リオは、しばし何かを考え込んだあと、迷いなく暗い廊下に消えていった。
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