白の影 黒の光

back | next | novel top

24


 セレイナが城を出てすぐにアルスフォルト行きを決めた。

 セレイナに任せるとは言ったものの、彼女一人でリューイの満足する結果を手に入れることは出来ないだろう。
 山のようになっている仕事を放って行くことにはさすがに気が引けたが、急いで決裁しなければならないものでもないので見なかったことにした。
 それでも誰かに見つかれば咎められてしまうので、彼はこっそり厩に行き、一番の駿馬を連れて裏口から外に出た。

 服装も目立たないように使用人のものを拝借した。リューイは平民にも顔が知られていたので、一応顔を隠すために布を巻いて城下に降りた。

 市は相当な賑わいだった。アルスフォルトを陥落してから一月近くたっていたが、いまだにお祭り騒ぎが続いているらしい。リューイは苦笑しながらも、自国の民の様子を微笑ましく思った。

 そのまま城下を離れて街道に出ると、馬を走らせ一行の後を追った。
 彼らは馬を使っているとはいえ、馬に乗れないセレイナも連れているため、馬車も同行している。足はそんなに速くないはずだ。街道を抜ける前には追いつくだろう。


 城一番の駿馬を使ったためか、予想通り街道を抜ける直前でリューイはセレイナたちに追いついた。
 やはり兵士たちは大騒ぎになり、セレイナも相当驚いたようだった。

 彼女を信用していないことは隠して、それらしい理由を並べて同行を承諾させた。

 一緒に馬車に乗り込んで、会話らしい会話もなくただ馬車に揺られている。
 リューイはちらりとセレイナを見た。

 緊張しているのか、頬がかすかに紅潮している。ディオグラン国王である自分と一緒だからか、それとも裏切った母国が近づいているからか。
 深刻そうな顔で何かを考え込んでいる。

 そんな感傷に浸る女には見えないが……。
 やはり罪悪感でも湧いたか。 
 
 リューイはつまらなそうに視線を逸らせた。


 リューイが同行することになり、兵士たちが張り切ったのか、一行は予想より早くアルスフォルトの隣国までやってきた。
 神の国が近いからか、荘厳な造りの神殿や信仰心篤い人々の姿をよく見かけるようになった。

 これといって神を信じていた訳ではないリューイには特に何とも思わない光景だったが、神殿で政に従事していたセレイナは何か思うところがあるのか、食い入るように彼らの姿を窓から見つめている。

 彼女の心が動揺していることにリューイは気づいていた。まだ国を出奔してわずかしか経っていないのだ。それも当然だろう。

 だからこそ、信用はしていないが、彼女をアルスフォルトに行かせた。セレイナのほうがあちらの国で勝手がわかるだろうという事情もあったが、自分が裏切ったせいで倒れた国で彼女がどう動くのか興味もあった。


 セレイナが話したがらない、不可思議な「力」を持った少女・サリア。
「扉」を開いて姿を消した少女を知るのは、ディオグランではセレイナしかいないのだ。
 どうしても彼女にはサリアを見つけてもらわなくてはならない。

「扉」を開き、向こうの世界に行くことができれば、きっと願いが叶う。

 そのために生きてきた。そのために、いろいろな人間の人生を踏みにじることさえした。

 きっと、セレイナも彼が人生を狂わせてしまったひとり。

 国民からの人望厚く、王からの信頼を一身に受けていた彼女は、自分と出会わなければ、国を裏切ることなく幸せで豊かな生活を送れていたことだろう。

 それでもセレイナはディオグランを選んだ。
 彼女が何を思ってリューイに協力する気になったのか、本心は分からない。
 しかし、セレイナにも何か望みがあったのだろうか。自分と同じように。

 
 神の国が近づくにつれて、リューイの心もまた、揺れていることに彼は気づいていた。

 らしくないな、と思う。
 神など信じていないのに、まさか怖いのか? アルスフォルトに、神が創った最初の国に足を踏み入れることが。

 リューイは苦笑いを浮かべた。

 自分が罪深い人間であることは充分理解しているはずなのに、それを心のどこかで認めたくないのだろうか。

 高揚しているのに恐れている。不可思議な気分だ。

 もうすぐ願いが叶うかもしれない。

 それが、あの人に自分の本当の姿を知られてしまうのが、怖いのだろうか。

 リューイは答えのない問いを抱えたまま、ゆっくりと目を閉じた。
back | next | novel top
Copyright (c) 2010 ion All rights reserved.
inserted by FC2 system