白の影 黒の光
27
「長旅でお疲れでしょう。まずはこちらの部屋でお休みください」
カインたちが案内したのは賓客用の部屋で、神殿の様相とは違った、凝った作りの調度品がいくつか置かれていた。
物珍しそうに部屋を眺めるリューイに、カインは淡々と言った。
「申し訳ございません、神殿では華美な生活を禁じております。これでも十分な贅沢なのです」
対するリューイは新鮮なのか、どこか楽しそうな表情だ。
「いや、構わぬ。押し掛けたのはこちらだからな。それに私も派手派手しいのは好まない」
またも意外な答えに、カインは調子が狂うのか、「そうですか」と間抜けな返事を返した。
リューイは気にすることなく、自国とは雰囲気の違う調度品の数々を眺めている。
カインは一言も発することなくソファーに腰かけているセレイナに話しかけた。
「陛下は普段からあのように大らかな方なのですか?」
「そうね。物事に動じない懐の大きな方よ」
「そうですか……。私はまだ会談の折りに少し言葉を交わしただけですので、意外でした」
素直に驚きを表現しているカインに、セレイナは言葉少なに応じている。
カインは礼を欠くとは思いつつリューイを眺めた。
初めての見たとき、これは人間なのか、と思ってしまった。
新興国を瞬く間に強国へと押し上げた勇猛果敢な王の噂はよく聞いていた。
一体どんな屈強な男かと思っていたら、悠然と彼らの前に立ったのは、信じられないほどの美しさを持つ優男。
長い歴史を持つ神の国・アルスフォルトが、このたった一人の若者の前に下ったことが、カインには信じられない思いだった。
しかし、これは現実。
好きにはさせないとは思うものの、彼らに敗れた以上、国民の命と生活を守るためには、どんなに不満があっても憎しみがあっても、従わなくてはならない。
とはいえ、どうも調子が狂う……。
カインはこっそりため息をついた。
何を考えているのか、いまいち掴めない。
はぐらかされているようにも感じるし、本当に何も考えていないようにも見える。
それに……。
カインはセレイナに視線を移した。
かつて最高位を誇った神官。
尊敬していた。彼女の下で働けることを誇らしく思っていた。……それなのに。
国が堕ちたあの日。
真っ先にセレイナの元に指示を仰ぎに向かった。
しかし部屋はもぬけの殻で、彼女の姿はどこにもなかった。
そして、ディオグランの占領が始まってすぐに、ある噂が流れた。
「神官がディオグランに情報を流していたらしい」
まさか、と思った。
しかし、彼女であればそれが出来ることもよくわかっていた。
疑問が確信になったのは、会談でのこと。口を滑らせた男の一言で、彼女が裏切ったことを知った。
何も、考えられなかった。
セレイナは、国を一番に考えていた。国を、そこに暮らす民をとても愛していたのに。
裏切られた。
神に仕えるには清らかな心でいなければならないというのに、憎くてたまらなかった。
そのことが、カインの心に暗い影を落としていた。
あれから一月。
まさか彼女がこの国にやってくるとは思っていなかった。
よくもこの国にやってこれたものだ。
何が目的かは知らないが……許すつもりはない。
カインは翠の瞳を細めた。そこに浮かぶ光は、冬の湖面よりも鋭く冷たいものだった。
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