白の影 黒の光

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03

 少女の国は王を神と崇め奉り、国政を神殿の神官が担う信仰の国で、武力を持たず争いを好まない特殊な国であった。完全に非武装にすることはできないので多少の兵力を持ってはいたが、それでも身を守る程度のもので、近隣国との間には多大な兵力差があった。
 そんな少女の国がこれまで近隣国からの侵略を免れることができたのは、ある特別な理由からだった。その理由があったからこそ、少女の国は成り立つことができたのだ。
 そして、国の根幹たるその理由をずっと守ってきたのが、国の中枢である神殿であり、神官たちであったのだ。

 少女は神官ではない。しかし、彼女は神殿が守っているものが何であるのか、よく知っていた。そしてそれがどこに隠されているのかも分かっている。


 育ての親である神官の部屋を離れた少女は、長く暗い階段を覚束ない足取りで下っていた。
 足元の階段に一定の間隔で設置されているランプの淡い明かりだけを頼りに階下に辿り着くと、少女は突き当たりの扉を押し開けた。

 そこは高い天井の薄暗い空間だった。天窓から炎で紅く染まる夜空が覗くほど高い天井の割に部屋は狭い造りになっており、入口から奥にぽつりと置かれた祭壇までは少女の歩幅で10歩ほどしかない。

 祭壇の後ろにまわり、目立たないように下げられた絹のカーテンの前に立つと、神殿の厳粛な雰囲気とはまた違う張り詰めた緊張感が彼女を襲う。

 少女は浅い呼吸を繰り返した。指先が氷を押し付けられたように冷たくなっている。

 ひとつ深呼吸をして、少女は鉛のように重い腕を持ち上げた。細い指がカーテンに掛かり、そのまま横にゆっくりと引いていく。

 速まる鼓動と共に、永きに渡り神殿が守り続けてきたものが少女の前にその姿を現していく。



 それは、「扉」だった。

 古い石造りで何の変哲もない扉。
 少女はしばたたいた。知ってはいたが実際に見るのは初めてで、装飾すら施されていないこの「扉」が国を左右する特別なものにはまったく見えない。
 
 視線を落とすと、扉の取手に幾重にも鎖が巻き付けられていることに気付いた。鎖には文字のような模様が彫り込まれている。

 まるで何かを封じているかのよう。

 少女が恐る恐る手を触れてみると、一瞬指先に鋭い痛みが走った。
 
 驚いて手を離した少女の目の前で鎖の模様が淡く光を放ち始め、次の瞬間には錆び付き足元に崩れ落ちていた。
 
 茫然と鎖を見つめていた少女の足元に、一筋の光が差した。弾かれたように顔を上げると、かなりの重さがあるはずの石造りの扉が音もなく左右に開かれていく。

 少女は息を飲み、数歩後ずさった。
 その間に扉は完全に開ききり、部屋が扉の向こうから漏れてくる真っ白な光に満ちていく。


 少女は静かに自らが禁忌を犯してしまったことを理解した。
 神殿に仕える者全てが畏れ、決して足を踏み入れない神の領域に、立ち入ってしまったのだ。


 不安と恐怖。


 しかし、今の彼女を支配しているのは、それよりも大きな感情。

 少女は躊躇うことなく光の中に身を躍らせた。


 ここではないどこかに行きたい。


 ただ、その想いだけで。
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