白の影 黒の光

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32

 世界はもともと一つであった。

 しかし、人々は争いを繰り返し、世界は血と涙で紅く染まった。

 嘆き悲しんだ神々は、世界を二つに分けた。

 二つの世界は神聖なる神の「扉」によって守られ、隔たれた。

 神々は「扉」を通って、二つの世界に降り立った。

 命なき二つの世界で、神々はまず空気を、それから水を、そして最後に「命」を創った。

 そして神々は新たな「命」に世界を託し、永き眠りに就いたのだという。




「……」

 冷たい石の床に座り込み、ぼんやりと虚空を見つめるリューイの脳裏に、そんな神話が浮かんでいた。

 神など信じていなかったのでうろ覚えだったが、確かこんな話だったと思う。

「『託した』なんて聞こえはいいけど、要は創るだけ創って放っておいたってことじゃないか……」

 幼い日、侍女がおとぎ話代わりに語ってくれた神話を初めて聞いたときと同じ感想を漏らす。


 なんだか、少し笑えた。

 神は敬虔に信仰する人々の前に「扉」を開かないのに、神を欠片も信じていない自分の前では「扉」を開かんとした。


 何故かは分からない。

 ここにサリアはいない。自分自身に特別な力があるわけでもない。「扉」が開く要素は一つもない。

 しかし、「扉」は開きかけた。

 つまりそれは、サリアという要素の他に、「扉」を開く要素があるということ。


 一体それは何なのか。

 リューイは自分の行動を思い起こしてみた。
 階段を降りて部屋に入り、祭壇の奥のカーテンを開けた。現れた「扉」に触れようとして、封印の力に弾かれた。
 ……ここまでおかしなことは何もない。

 それから、ちょっとだけキレて……。


 ふと、思った。

 あの時の自分にあったもの。

 
 それは、決意。

 必ず手に入れると誓った、強い想い。

「……まさか。それこそ、おとぎ話じゃないか」

 リューイの乾いた笑いが誰もいない静かな聖堂に響いた。

 強い想いに「扉」が応えた、なんて。子供が喜びそうなおとぎ話だ。

 
 でも、馬鹿な話だと終わらせることが、リューイにはできなかった。

 サリアはいない。彼女は「扉」の向こうに消えた。「扉」を開くための唯一の手段であった彼女を、どうしても手に入れたかった。

 何かの手がかりになればと神殿まで出向いたが、予想通り何の情報もない。おそらくセレイナにも期待できない。
 すべての糸は、断ち切られた。

 そう、思っていた。


 唯一の希望。
 ようやく手に入れた「向こう側の世界」への新たな手がかり。

 すがってやる。
 みっともなかろうが関係ない。望みを叶えるためなら、どんな醜態でも晒してやる。


 そんなことで揺らぐほど、半端な覚悟ではないのだから。

 神よ。
 笑いたければ笑え。
 神の力を持つ「扉」に挑むなど、なんと愚かな人間なのだと。

 だが、それでも最後に笑うのは自分。望みを叶えるのは、神の加護でも何でもない。

 それは、「意志」だ。
 強い意志は、時に神の思惑すらも捻じ曲げる。

 まっすぐに前を見据える。
 瞳には迷いも戸惑いもない。

 覚悟はできている。
 恐れるものなど何もない。

 どこからか吹いた風が、銀糸のような彼の髪をふわりと撫でて消えた。



 さあ、見に行こうか。

「扉」の「向こう側の世界」を。
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