白の影 黒の光

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53

「やめて!!」


 叫んで、サリアは毛布を跳ね除け飛び起きた。

 肩で息をしながら目を見開く彼女の視界に映っているのは、見慣れた自分の部屋。


「……夢……?」

 呆然とサリアは呟いた。
 ハッとしてベッドから降り、窓の外を窺うが、何の変哲もないいつもの街並みが広がっているだけ。

 昨夜に火事騒ぎがあったようには全く見えない平和な風景。

「夢、だったの……?」

 サリアは不安と安堵が入り混じったような心境で、ベッドに腰を下ろした。

 ひどい寝汗をかいていたようで、寝巻が肌に張り付く感覚が不快だったが、体を動かす気にならなくて、少女はしばらくベッドに座り込んだままぼんやりしていた。


「そうだ……」


 不意に友達の顔が脳裏に浮かんだ。


 あの子は、どうしているだろう。
 あれが夢なら、あの子は無事でいるのだろうか。


 サリアは慌てて立ち上がり、急いで服を着替えると、まだ眠っている両親を起こさないように、そっと扉を閉めて家を出た。


 石畳の街には、朝もやが立ち込めていた。
 時間はまだ早朝だ。人々は深い眠りの中にいて、街は朝独特のしんとした空気が漂っている。

 いつもならさわやかに感じるそれが、サリアの不安を煽っていた。


 大通りから角を二つ曲がって三軒目の家。

 自分の家からもそんなに遠くなくて、何度も遊びに行ったことがある。


 真っ赤な炎に包まれて、泣き叫ぶ友達の姿。


 もしあれが、夢じゃなかったら。

 サリアはぶるりと身震いした。

 一つ目の角を曲がって道を進む。もうすぐ、二つ目の曲がり角。そこを曲がれば、友達の家はすぐだ。

 あれが夢だったのかどうか、確かめられる。


 祈るような気持ちで角を曲がり、目を向けると……。


 そこには、いつもと変わらない風景。

 
 石造りの、街並みと変わらない二階建ての一軒家。


「ゆ、め……だったんだ……」

 焼け焦げた様子が全くないことに、サリアは安堵のあまり座り込んでしまった。


 それから、サリアが家にいないことに気付いた両親が捜しに来るまで、サリアはその場にうずくまって泣いていたのだ。


 何があったのか両親に聞かれたサリアは、夢のことを隠さずにすべて話した。
 怒られるかと思っていたが、両親はおかしな物を視てしまう力とは関係ないただの夢だと思ったのか、サリアを軽く叱っただけで許してくれた。

 ああ、あれはただの夢で、力とは関係ないんだ。またお父さんとお母さんを悲しませてしまうところだった。


 そう安心したのも束の間のこと。


 二日後、その夢は現実になってしまった。


 朝早くに両親に起こされたサリアは、夢で見た友達の家が、夢の通りに火事になったことを知った。
 友達は、眠っていた自分の部屋からなんとか玄関近くまで降りてきたものの、そのまま火に巻かれて亡くなったのだという。

 夢で見た、あの光景。
 炎の向こうで泣き叫んでいる友達の姿。


 あれは、現実?


 血の気が引いた。
 助けを求めるように両親を見上げると、母親は痛みをこらえるような表情で、父親は恐ろしいものを見ているかのような厳しい表情でサリアを見下ろしている。

「お父さん」

 自分で自分が恐ろしくなり、思わず父親に手を伸ばす。

「ひっ」

 父親はひきつった声を漏らし、少女の小さな手を払った。
 パシン、という乾いた音が部屋に響き、重い沈黙が落ちる。

 父親はハッとして、自分の娘を見下ろし、それから妻に目を向けた。二人とも、呆然と彼を見ている。

「こ、これは……」

 父親はなんとかその場を取り繕おうと話しかけたが、娘の言葉に遮られた。

「気持ち、悪い……?」

 その、あまりにも悲しげな声音に、二人は何も言うことができなかった。
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